アメリカ 2016
監督、脚本 マイク・フラナガン

眠ると見た夢が現実化してしまう少年を題材にしたSF風味のホラー。
あーもー惜っしいなあ、の一言ですね。
非常にいい線までいってるんですけどね、なんだろう?やっぱりなにかと経験値が足りないのか、詰めが甘かった。
私がまず一番ひっかかったのは主人公である少年、コーディの描き方。
孤児であるコーディは夢を具現化させてしまう能力のせいで里親の元を転々としているんですね。
そのおかげでしゃれにならない事件も過去におきてる。
で、本人、迷惑をかけてしまう、という自覚があって、眠っちゃいけない、と自分を戒めてるんです。
幼い少年が眠らないように、大人に嫌われないように自制する、って相当大変なことだと思うんですよ。
当然、そこには身の丈に合わない無理が彼のキャラクターに暗い影を落としてなきゃならないはずなんです。
なのにですね、あまりにも屈託なさすぎるんですねコーディ君。
もう本当に普通の少年。
物怖じもしなけりゃ、屈折してるわけでもなし。
辛い過去や境遇を微塵も感じさせない健全な少年像は、人物像を掘り下げるって事を知らないのか?とすら思わせる雑な仕上がり。
せっかくのジェイコブ君起用も、これでは完全に彼の演技力任せ、と批難されても仕方ないでしょう。
その手のキャラ創造における手ぬかりは他にもあって、養護施設の責任者らしき女の破綻した性格を筆頭に、オープニングで銃を持つ男、挙句には肝心な母親ジェシーに至るまで、なにかと短絡的で薄っぺらいんですよね。
本来ならこの作品は、異形の能力を持つ少年に向けられた母性の物語にならなきゃならないはずなんです。
それを支えるための足がかりとなるはずのものがどうにも脆弱で説得力がない。
そもそもこのシナリオ進行で、なぜ養護施設の女を謎の核心を知るキーマンとして使わないんだ、と。
そこに想像力が及ばないから消えた人間をどう処理するのか、放置したままエンディングを迎えるような羽目になる。
いやね、コーディ君の悪夢はいったい何に起因するのか、その謎解き自体は、おおっ、といわせるものがあったように思うんですよね。
だから悪夢の怪物はあのような造形だったのか、と膝を打つものがあった。
そこから一気になだれ込むエンディングもこりゃ涙腺直撃のシーンだわ、と予感させるものがあった。
なのに心が揺さぶられない。
だから「惜しい」。
脚本家をつけたほうが良い、というのが結論。
で、監督、演出に専念してしてください。
そしたら化けるんじゃないか、という気がしなくもありません。