アメリカ 2010
監督 ダーレン・アロノフスキー
原案 アンドレス・ハインツ

まず言えるのは、この作品に限ってはバレエに興味がない人が見ても確実に爪痕を残すなにかがある、ということ。
オープニングのシーンでパートナーと「白鳥の湖」を舞う主人公ニナ。
一人二役を象徴するかのように途中で悪魔のような出で立ちの男とパートナーがすり替わる。
もう、この時点で軽く鳥肌です。
なんかよくわかんないんですが直感的に怖い、助けてあげて、と思ってしまった。
私はきちんとバレエの舞台を見たことなどない人間ですが、バレエにおける「美しさ」とはどういう画なのかを監督は完全に理解している、と思いましたね。
門外漢が見てもその美麗さ、迫力が伝わってくる、というのは考えなしに撮ってちゃ絶対にできないことなのは間違いありません。
またCGの使い方が巧みなんですね。
ライヴ感を阻害しないんです。
むしろ舞台の非現実性を促進、高揚感を拡大してる。
ああ、これはもう絶対傑作だわ、と半ばまで見ることもなく確信。
シナリオ自体は、親に過干渉されていることをわずらわしく思いつつも独り立ちできないバレリーナの大役抜擢を巡る心理的プレッシャーを狂気をまじえて描いたもので、こりゃもう監督お得意のネタ、といった感じなんですが、うまかったのは表現者としての凄みはどういうプロセスを経て成立するものであるのかを、ひとつの事例として見せつけた点でしょうね。
エンディング、どんどんぶっ壊れていくニナと、その内面に気づかず無責任な賞賛を注ぐ周囲の人間とのギャップは芸術を体現することの闇、またそれゆえの突き抜けた神性を見事表現していた、と思います。
「白鳥の湖」という演目にニナというキャラクターを配備したのもテーマを振り返るなら絶妙だった。
1人2役が何を暗喩しているのか、語るまでもなくシンクロする舞台と現実は、プロットの出来の良さを象徴。
本来そういう場所に向かない人間が本物になるためには代償を支払うしかなかった、という側面も描かれてるので、非常に重いですし、気楽に見れない痛々しさがあるのは確かですが、卓越した技術の更なる上の領域で「演じる」ということに焦点をあて、その鬼気を描写しきった、という意味で乾坤一擲の一作だと私は思う次第。
しかしまあそれにしてもアロノフスキーは不穏さ、とか病的辛苦とか映像に焼きつけるのが本当に得意な監督だと思う。
とりあえず体力必要です。
それでも見る価値は充分にあります。
アロノフスキーの現時点での最高傑作じゃないでしょうか。