牯嶺街少年殺人事件

1991 台湾
監督 エドワード・ヤン
脚本 エドワード・ヤン、ヤン・ホンヤー、ヤン・シュンチン、ライ・ミンタン

権利関係が複雑で、1992年に一度VHS化されたものの、以降2017年までDVD化されなかった幻の一作。

14歳の少年が同い年の少女を殺害するという痛ましい事件を映像化した作品ですが、厳密には実話ベースではなく、内容はほぼ創作だったとか。

エドワード・ヤンというと必ず名の挙がる一本ですが、さてこれ、どうなんだろうと。

とりあえず、最近見た中では久しぶりの上映時間3時間越えです。

正しくは3時間56分。

えーと、4時間とも言うよね、3時間56分って・・・。

普通に考えて集中力、持ちません。

ていうか、もうスローシネマやん、4時間って。

フィリピンのラヴ・ディアスとか、ハンガリーのタル・ベーラとか、あの辺の嫌な巨匠の作品が脳裏をよぎったりしたんですけど、まあその、結論から言うと、やっぱりほとんどスローシネマじゃないのか、この映画・・・と。

まず第一に遠景というか、ロングショットがやたら多いんですよね。

室内のショットですら、隣の部屋から探るように撮る構図が多くて。

で、それを多用されると誰が誰なのか判別がつかんわけですよ、見てる側からすりゃ。

そもそも登場人物の名前からして混乱に拍車かけてて。

主人公が小四ですよ?

日本人の感覚からして名前だとは思わないよね。

字幕を追ってたせいもあったんでしょうけど、最初、人の名前だとは思えなくて何を小四と呼んでいるのか、まったくわからなかった。

さらに仲間の名前がハニー滑頭ですからね。

なんでカタカナ・・・っていうか、滑頭とかもう妖怪の名前やんか。

で、小競り合いしてる半グレ集団の名前が小公園ですから。

固有名詞の意味するところからまずは探らなきゃならん、というね。

しかもこの映画、若干輝度が低いんです。

薄暗いわ、カメラは遠いわ、暗号みたいなネーミングだらけだわ、でお話を理解するのにものすごく時間がかかったのは確か。

さらには肝心の物語、それぞれのエピソードがほとんど『点』で。

少年は何故少女を殺害するに至ったか?を一本道で語っていくのではなく、まずはあちこちへ寄り道を繰り返して外堀を埋めていくところから始めるんですよね。

やばいぐらい何も起こりません

あれこれもめごとはあるけど、どれもこれも浮かんでははぜる泡沫のようで。

なにかが決定的に事態を変えていくわけじゃない。

いつしか、少年一家の内情や、少年の学校でのスタンス、半グレ集団の対立構図や当時の台湾社会の不穏な空気にすっかり詳しくなるんですけど、ちょっと待て、ここからどうやって殺人事件につながっていくの?とかえって不安が膨らむばかりでして。

相当がんばって食らいついてるつもりだけど、この情報、いらんのじゃないか?と思えるものが結構ある気がしてしんどいんだけど、大丈夫か?みたいな。

で、クライマックス。

まあ、わかる。

少年が言ってることもわかる、なぜ凶行に及んだのかもわからなくはない。

でもね。

この絵を撮るために本当に3時間56分必要だったか?と。

お前はわかってない、と言われるのを承知で言わせてもらうなら、この半分の長さで十分描けます、この内容なら

本作、長年幻の傑作扱いでしたが、これを傑作と呼ぶには『スローシネマだから』という文脈で解釈するしか説明する術を持たないですね、私は。

好事家というか、識者の皆様方にあとはお任せするとして。

普通の映画ですら1.5~倍速で見る昨今の視聴者には到底受け入れられない一作だと思いますね。

私に言えるのはそれぐらいかな。

・・・・とりあえず、疲れました、根こそぎ体力持っていかれた。

ねじレート わしにはわからん/100

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