2018 日本
監督 吉田大八
脚本 香川まさひと

よくできたプロットと、スリリングなストーリーががっちり嚙み合った秀作
元受刑者を、率先して受け入れるプロジェクトに翻弄される田舎町の人々を描いた人間ドラマでありスリラー。
プロットは面白い、と思うんです。
過疎化対策として、刑を終えた人間のセカンドチャンスを地方の役所がアテンドする、って発想に、変な現実味を感じる、というか。
全くない話じゃないと思うんですよね。
上手に現実と地続きな『もし〇〇だったら』を仮想してる。
なので元受刑者が全員殺人犯だった、という設定にね、変な緊張感を覚えたり。
「そういうこともあるかもしれない・・」と思って観てるから、何気ない場面がいちいち不穏に感じられて。
ああ、アイディアが優れてる、ってこういうことだよなあ、って。
制作側にしてみりゃ普通のことやってるだけなのに、視聴者が勝手に妄想膨らませてくれるんだから。
で、それって同時に、我々の色眼鏡でもあるんですよね。
殺人犯だから、すぐかっとなるに違いない、殺人犯だから、些細なことで襲ってくるかもしれない、等。
物語は、そんな我々の偏見を、6人の生活を通して少しづつ丸裸にしていきます。
問われているのは、罪を犯した人間にやりなおす機会を与えることの難しさであり、信じることの難しさ。
否が応にも考えてしまうんですよね、我々ならどうするか?って。
罪を償った者を石もて追うのは絶対間違ってる、と思いつつも、肌感覚で人殺しを受け付けない住人たちの気持ちもすごくわかる。
で、この作品が遠慮呵責ないというか、辛辣だったのは、受け入れる社会の側に『どうあっても変われぬサイコパスは存在する』と提示してみせたこと。
結局、犯した罪の大きさではなくて、その人がどういう人間であるかなのだ、と作品は訴えかけます。
いやもうね、性善説にとらわれてるお花畑とか、根っからの悪人はいないとかいってるオプティミストにこの映画見せてやりたい、と思いましたね。
そして圧巻だったのは終盤。
どうあっても救えぬ人間はいる、と突きつけた上で、サイコパスの哀しみにまで物語は言及。
こんなのに付き合ってちゃ命がいくつあっても足りない、と思いつつも、彼(サイコパス)とてなりたくてそうなったわけじゃない、と悟らせてしまうんだから大したもの。
語弊があるかもしれませんが、デル・トロやデビッド・クローネンバーグのホラーに通底するものがあるなあ、なんて思ったりもしました。
地元の祟り神が最後のオチに関わってくる展開も気が利いてる。
少し残念だったのは、サイコパスが誰なのか、配役から想像できてしまったこと。
そりゃね、この顔ぶれだったら彼しかいないですよ。
そこはね、想像させてほしかったなあ、と思いますね。
ともあれ、優れたスリラーであることは間違いないです。
原作が俄然気になってきました。
ねじレート 88/100


