2025 アメリカ
監督、脚本 アリ・アスター

わかりやすく言うなら、意欲的だが空回り
アメリカ・ニューメキシコ州の架空の街エディントンを舞台に、先進派の市長と保守派な保安官の対立を描くブラックな人間ドラマ。
ボーはおそれている(2023)に続いて興行的に大失敗した本作ですが、好事家というか一部批評家の評価はそれほど悪くない、ってのがね、なんだかなあ、って感じですね。
マニアがジャンルを殺す、の典型というか。
思わせぶりで考察のしがいがある作品なら何でもいいのかよ、って。
A24もねえ、止めなきゃだめだわ、と思いますね。
商業的に成り立たなければ自分の好きなことはやれないんだよ、って誰か進言しろよ、って。
試写の段階でわかるだろ、と。
こりゃどう考えても客足延びそうにない、って。
なんだかアリ・アスター、これでいい、と思ってそうでほんと心配。
才能ある人だと思いますが、みんなが望まない部分でその才能を消費してる気がしますね。
とりあえず私が強く主張したいのは、幻想怪異譚みたいな方向へ舵を切るのはやめろ、ですね。
広くウケたためしがないんだから、その手の映画。
本作の場合、特にひどかったのが後半。
主人公である保安官が攻撃型ドローンを操るテロリストみたいな連中から襲撃をうけ、街中でしつこく銃撃戦を展開するんですけど、もうね、現実味のなさがすさまじくて。
いやいや、誰やねん、お前ら、と。
一切の説明はないです。
その正体について想像させる伏線も布石もない。
降って湧いたようにプロ集団っぽい連中が、田舎町に降臨ですから。
監督の意図はわかりますよ、ああ、これは思想的対立軸の象徴なんだろうな、って。
ただね、象徴でいい事象と、そうでないものが物語にはあって。
ストーリーの顛末を決定づける出来事が、象徴によってもたらしめられた、って、誰が納得する?って話で。
急にファンタジーなんですよね。
保安官が中盤で犯罪に手を染める展開にしたってそう。
物語に西部劇を落とし込もうとした、という解釈が目立ちますが、そもそも西部劇を想起させるドラマが背景になけりゃ、そんなのただの形骸でしかないですからね。
なんでそこまでやる必要があった?みたいな部分で著しく説得力に欠けてるんですよ。
観てて「なにがあった?」「なにか見落としてたか?」と焦ってしまうほどに、保安官の行動が衝動的でね。
変に残忍だったりするんですよね。
普通の感覚で推し量るなら、正義云々以前に完全なサイコパスです、保安官。
でも物語は保安官をサイコパスとは捉えていない。
ここでものすごく面倒くさいというか、ややこしくなってくるわけです。
つまりは、サイコパスでしかないオッサンの凶行を、西部劇の文脈で読み解かないと答えが導き出せないという、おかしな虚構性をまとった作品になっちゃってるんですね、本作。
面白さやエンタメとはかけ離れた部分で焦点絞りすぎ、アリ・アスター。
余白を埋める感覚でこだわる分にはいいと思いますが、こだわりがそれぞれのピースを形作ってる状態だからなあ・・・。
もう一度、ホラーから出直した方がいいと思いますね。
こんなことやってちゃ、さすがに懐の広いA24であっても新作に二の足踏むようになると思う。
失敗作だと思います。
ややコメディっぽいタッチは新機軸だった気もしますが、それだけかな。
ねじレート 51/100

