熱帯のシトロン

2000年初出 松本次郎
太田出版 F/Xコミックス 全2巻

架空の街、三日月町を舞台とした幻想奇譚。

1960~70年代の日本が舞台だと思うんですが、ソーダと呼ばれる謎のドラッグが蔓延してたり、ソーダ工場のウサギが妙な魔力でもって町の頂点に君臨していたりと、あまり現実味はありません。

デティールよりも、あの時代の混沌とした空気感が物語に欲しかったんでしょうね、きっと。

松本次郎の初期の長編の中では一番良く出来てる作品かと思うんですが、良く言えば不思議の国のアリス風、悪く言えばジャンキーのとりとめもないバッドトリップに節を付けただけ、みたいな感じで、何やら煮えきらない印象も残ったりします。

読了後「だから何だったの結局は?」と、思わず言ってしまいそうになるというか。

ま、この手の現実だか妄想だかよくわかんない物語って、大抵はそうですけどね。

これをうまくやれるのはせいぜいしりあがり寿ぐらいのもので、松本次郎じゃあどうしたってイマジネーションやロジックに欠ける。

見たこともないものを絵にする力に長けてればまた評価も違っただろうと思うんですが、ストーリーが現実味に欠けてるのにどこか現実に拘泥するところがあったりしますからね。

ただ、作者らしいキャラ作りはこのころから顕著なんで、内容がどうであれ、個性的なキャラクターが物語をぐいぐい牽引していく強みはあります。

あけすけでエロくて頭の悪いクズ人間やぶっ壊れた連中ばっかり登場するんだけど、どこか滑稽味があって(ジャバウォッキ革命軍とかね)ばかばかしいのがいいのかも。

こういうのって、完全に笑いを排除しちゃったらひたすらしんどくなるだけですからね、そこはさじ加減が絶妙だったかもしれない。

毒々しくて猥雑で、読者を選ぶであろう傑作とは言えない一作ですが、松本次郎が好きならそれなりに楽しめるかもしれません。

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