関東平野

1976年初出 上村一夫
双葉社アクションコミックス 全4巻

昭和の絵師と呼ばれた漫画家、上村一夫の半自叙伝的戦後史。

当時の劇画界隈を語るうえで必ず名前のあがる1人だったりしますが、私は同棲時代(1972~)しか彼の作品を読んだことがなくて。

えー、残念ながら世代的にピンとこなかったんですよね、同棲時代。

映画化もされ、社会現象にもなった大ヒット作ですが、私にはなにもかもが古びて見えて。

以降、上村一夫の漫画は正直敬遠してました。

電子書籍化が進んだ昨今はともかく、古本で買おうと思うと軒並み値段が高かった、というのもあって。

なかなか「後学のために読んでおかないとな」みたいな義務感だけで手を出せる価格ではなくてね。

今回、偶然にも安価で手に入れる機会があったので、再チャレンジのつもりで手を出したのですが、これがですね、意外にもぐいぐい読ませるし、不思議に面白い。

同棲時代とはちがって、物語の色調がどこかあっけらかんとしてるのが魅力とでもいうか。

ストーリーは主人公(作者本人?)が両親をなくして千葉の祖父のもとに疎開した後の場面からスタートするんですが、戦後の千葉の片田舎の様子が子ども目線で描かれているのがなんとも新鮮でして。

こういう形での漫画家本人が体験した戦後を描いた作品、ってほとんどないように思うんですね。

私が思い出すのは手塚治虫のどついたれ(1979~)ぐらい。

水木しげるもなにか描いてたような気がしますけど、うーん、記憶に定かじゃないな、すまぬ。

なんせ終戦直後なんでね、みんな貧しくて、みんな大変だったことはじんわりと伝わってくるんですが、田舎ゆえか、どこか太平楽な空気に満ちていて。

悲惨なんだけど、卑屈さがないんですよね。

これは子どもだからこその近視眼的認識が物語を支配しているから、なのかもしれませんけど。

次々と登場するサブキャラも特徴的な人物ばかり。

今で言う性同一性障害だろうと思われる男の子、銀子をはじめ、ヤクザの建さん、緊縛絵師の柳川大雲等、とても実在したとは思えぬ人物だらけ。

ひょっとすると大胆な脚色があるのかもしれませんが、それも面白けりゃ問題ないわけで。

激動の時代を生き抜いてきた主人公の成長ドラマとして、なんだか長編映画でも見ているような感じなんですよね。

ある種の読者サービスなのかもしれませんが、登場人物がやたらと性に関して奔放なのも興味深かった。

昔の日本って、こんな感じだったのかもなあ、なんて思ったり。

あと上村一夫というと、とにかくヒロインが哀しいというか、女が魔性だったりするイメージがありますが、本作においてはオカマの銀子がある意味ヒロインだったりするんで、さすがに哀しくなりようがない、ってのがなにかと功を奏してて。

同棲時代みたいな閉塞感、息苦しさがないんですよね。

いや、もちろん銀子には銀子なりの苦悩があるんですけど、バイタリティに満ちた彼女の生き様には逆に勇気づけられるものがあったりもして。

これって、上村一夫の半自叙伝ではなくて、戦後を生き抜いた銀子というオカマの物語だったのは、と思ったりも。

考えていた以上にストーリーテラーでしたね、上村一夫。

欲を言うなら主人公が漫画家デビューするまで描いてほしかったところですが、銀子の物語としてはきちんと幕を閉じてるんで、これはこれで終わるべき場所を見定めてる、というべきなのかもしれない。

遅ればせながら他の作品も読んでみたい、と初めて思いましたね。

意外と同棲時代は入口として適切じゃなかったのかも知れない、と思った一作でした。

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