2024 アメリカ
監督 クリント・イーストウッド
脚本 ジョナサン・エイブラムズ

本当の悪人は誰ひとりいない圧巻の法廷劇
ある殺人事件で陪審員を務めることになった主人公が、偶然にも事件と自分に関わりがあることを知り、ジャッジする側としてどうあるべきか、苦悩する様子を描いた法廷サスペンス。
作品で問われているのは「正義の所在」。
主人公ジャスティンが、自分の知りうることをありのままに話すことで、おそらく評決は変わってくるだろう、というのが物語の要。
ただ、発言することには大きなリスクが伴う。
今日まで主人公が築き上げてきた生活が崩れ去ってしまう可能性があるんですね。
これがね、実に絶妙なあいまいさで描写されてるんですけど、真相を裏付ける証拠はなにもないし、なんなら主人公の思い込みかもしれない、すべては状況証拠にすぎない、という認識でね。
まあ、普通に考えて、確たるものはなにもないのにわざわざ名乗り出て、自分を犠牲にするとか、よほど奇特な宗教者でもない限りありえない、とは思うんですね。
しかし主人公が黙っていることが、確実に被告を有罪にする結果を導くのは確か。
冤罪を生んでしまうかもしれないんです、自分の無言が。
いや、これはさすがに悩むと思う。
自分の良心に問うまでもなく、あとあと尾を引く事例だと思うんですね。
言うなれば呪いですよ、こんなの。
何年後かに、ふと思い出すわけです。
「あのとき、俺が黙ってたせいであの男は無期懲役、今も刑務所に居るんだな・・・」って。
・・・・病むわ!
なんつーか、ほんとイーストウッドらしい題材だと思いますね。
自分ならどうするだろう・・・って、わざわざ意識しなくとも考えてしまう、というか。
ストーリーを追いながら、正義を貫くことの難しさをつくづく痛感。
正直ね、法廷劇として突出しているわけでもないし、派手な見せ場があるわけでもない、どっちかというと地味な映画なんですけど、それでも引き込まれてしまうなにかがこの作品にはあって。
普通に面白いんですよね。
もうほんとこの爺さん(イーストウッドのこと。口が悪くてすまん)は化け物だと思いますね。
94歳でメガホン握って、凡百を軽々引き離す面白さを見せつけちゃうんだから。
しかもずーっと外してないんですね、この人。
ここ数年の監督作、全部面白い、ときた(あ、15時17分、パリ行きはつまらなかった、すまん)。
誰が94歳でこれだけのものを撮れるよ?と考えた時、歪んだ評価なのかもしれませんが、皮肉めいた論説に拘泥したり、揚げ足取りするのが恥ずかしくなってくるんじゃないか?と私は思うんですよね。
もう、映画界に残された大いなる遺産でいいと思う。
箸にも棒にもひっかからないクソ映画、ってわけじゃないんだし。
劇場公開されなかったのは残念ですが、こうして自宅で見る機会に我々は恵まれてるわけだから、巨匠の最後になるかもしれない映画への情熱にね、まずは触れてみることが正解だと思いますね、映画が好きならね。
ちなみにエンディング、なかなかに印象的です。
ここでエンドロールかあ!と私は拍手を送った。
全然枯れてないんだよ、創作センスと言うか、感性が。
大傑作ではありませんが、力のこもった良作、といえるでしょう。
実は誰一人として悪人がいない、という事実に、最後に気づいてちょっと愕然としました、私。
ねじレート 86/100