1990~0年代の小池一夫、7作品

オークション・ハウス
1990年初出 集英社全34巻

美術界の闇と戦う天才的美術品鑑定家、柳宗厳の暗躍を描いたクライム・アクション。
簡単にまとめてしまうなら、小池一夫お得意の手口、それこそ傷追い人ぐらいから(I・餓男から、と言ってもいいかも)連綿と続くパターンの踏襲、といってほぼ間違いないでしょう。
ま、浅い巻のシナリオ展開は、おや、これまでとは違う、と思わせるものもあったんです。
概して超人的な男性、不屈のスーパーヒーローを描いてきた作者が初めて「学識と知略、高潔な人格以外は何も持たない男」を主人公に据えてきた、と興味をそそられもした。
巨額の現金が飛び交う世界ゆえ、裏社会との血なまぐさい関わりも避けて通れない中、どうやって自分の身を守りながら信じる道を行くのか、暗殺されないために最強の女殺し屋シアラをボディガードにやとう序盤のストーリー進行なんて、己の弱さを知る男の自分流の戦い方が描かれていて、正直なところやたら面白かったのは確か。
そりゃね、相変わらずマッチョイズム全開ですし、テーマは復讐ですし、またこれか、と感じる部分はありました。
けれど、本作に限っては美術界を舞台とした新たな小池劇画を模索しているようにも私は感じられたんですよね。
そのまま主人公が武力をもたない男だったらきっと私の評価は全く違っていたことでしょう。
よろしくないのは殺し屋シアラが物語から退場して以降。
なんだかよくわからんのですが、急に柳宗厳、拳法の達人になっちゃってるんですよね。
そこからは慣れ親しんだ鉄板の物語様式。
はい、愛した女がバタバタ死んでいきます。
慟哭と愛にむせびながら片っ端から敵を撃破していきます。
少しだけ意外だったのは、復讐を遂げた後も物語が続いたことですが、やってることは基本変わりません。
さしずめ超人柳宗厳のさすらい世直し旅むべなるかな色事日記、といった塩梅。
終盤なんてもうグダグダ。
編集部の引き延ばしでもあったのか、テーマ不在で柳宗厳が余計なことに首つっこんで誰か死んでるだけの作劇が延々続きます。
オークション・ハウスとか美術界とか、もうほとんど関係なし。
やっぱり私は小池一夫の現代劇は楽しめない、とつくづく痛感した次第。
これがひとつのブランドと化していることを認めることはやぶさかじゃないんですが、やっぱりね、子連れ狼や首斬り朝の凄さを知る身としては、先生、こんなもんじゃないでしょ、あなたは!と言いたくもなる。
以降、似たような感じの作品が連載されてないことを鑑みるに、ここが小池現代劇の終着点だったのかもしれません。
叶精作の精緻な作画は相変わらず素晴らしいんですが、当時のファンの記憶の中に生きる作品、といったところでしょうか。
一世を風靡したのは間違いないと思うんですが、今振り返るのは少し辛い、そんな一作でしたね。


横浜ホメロス
1991年初出 スタジオシップ全4巻

ホメロスと呼ばれる記憶をなくした男の逃避行を描いたバイオレンス。
で、このホメロスなんですが、怪しい研究所みたいなところに隔離されてまして。
どうやら研究所のバックには日本政府が存在してるよう。
ある女との出会いをきっかけに、ホメロスは徐々に自我を取り戻していくんですが、その過程で自分がアメリカで人体改造された人間兵器であることに気づく。
はたしてホメロスは自由を手にすることができるのか?ってのが物語のあらましなんですが、うーん、プロットがなあ・・・どうなんでしょう、90年代にしちゃあ古くないか?と。
改造兵士とか、映画のネタとしてさんざん使い回されてきましたしね。
物語の脇を支えるエピソードのひとつとしてなら、まだまだ機能しそうですけど、それがメインとなるとなかなかしんどいものがあるんじゃないか?と。
ホメロスと追っ手との駆け引き、ヒロインとの関わり合い等、作劇に読ませるものがないわけじゃないんですが、どこかテンションあがらない自分が居たことは確か。
途中でホメロスが、研究所との取引で、政府の走狗となる展開もやや興ざめ。
やっぱりね、小池劇画ならたった一人でヒロインの愛を胸に抱いて、叶わぬまでも巨大な組織に立ち向かって行ってほしいと思うわけですよ。
さらに最悪なのが、途中で投げ出したように未完のまま続きが描かれていないこと。
評価のしようがありません。
叶精作の油の乗り切った精緻な作画は素晴らしいんですが、肝心の小池一夫がそれに答えられなかった、って印象ですね。
だからネタ的に改造人間はしんどいだろうって、あれほど。
・・・言ってないね、うん、言ってない、読んだの昨日だし。
叶精作ファンは楽しめるかもしれませんが、小池ファンにアピールできるものは少ない気がしますね。


新・子連れ狼
2003年初出 小学館全11巻

まさかまさかの続編。
続きが描かれるなんて、誰も思っていなかったんではないでしょうか。
なんせあの終わり方ですし、作画の小島剛夕氏は鬼籍にはいられましたし。
いうなれば「あしたのジョー」の続編がスタートするようなもの。
そりゃ気になります、気になりますけどね、反面やめてくれ、って気持ちも大きくあった。
だってどう考えてもあの不朽の名作を超えられるはずもなければ、同じクラスの完成度に到達できるとも思えない。
後ろ足で砂かけるようなことになりやしないか、と。
不安は半分的中、半分杞憂といったところでしょうか。
とりあえず森秀樹はよくがんばったと思います。
自らの絵柄を変えてまで小島剛夕のタッチに作品を近づけようとした。
その努力には頭が下がります。
前作のラストシーンのすぐあとから物語をスタートさせた小池一夫も凄かった、と思う。
普通はワンクッション置きますよ。
だって大悟郎、まだ3歳ですもん。
3歳の子供主役でどうシナリオを編んでいくのか、って話であって。
これは超えられない、と思える高いハードルを序盤からクリアしているのは間違いありません。
ただやっぱり問題はその後、でして。
親子の絆をテーマとし、大きな戦いに巻き込まれていくのはいいんですが、これってやっぱり焼き直しなんですよね。
すでに前作ですべて描かれていることなんです。
故に、巻を追うにつれて徐々に読む側のテンションも下がってくる。
なんかいいように大悟郎が洗脳されちゃってるだけなのでは、ってどうしても思えてくる。
前作は実の親子であったからこそ、ともに冥府魔道の道行きを行くことにも説得力が感じられましたが、今回は大悟郎、全然無関係ですし。
なのになぜこうなる?というのはやはり誰しもが感じたのでは、と思います。
最初に高いハードルを超えたはいいが、次のハードルが飛び越せなかった印象。
大ファンですんで、いいんだ、それでも、読めただけでもいいんだ、という気持ちは根強くくすぶってはいますが、広く一般にアピールするには幾分難しいものがあるかもしれません。
読み終えてふりかえるなら、やはり大悟郎16歳ぐらいから物語をスタートさせるべきだったのでは、と思ったりしますね。


花縄
2003年初出 小学館全6巻

死病を患い、すっかり体が弱ってしまった晩年の長谷川平蔵(鬼平)と、奇妙な縁でその手下になった元相撲取り玉椿の大江戸捕物帳。
老いたりとも火付盗賊改方の長として、悪党は許さねえと病身に鞭打つ鬼平を、筋骨隆々たる巨体でサポートする元相撲取りという構図は面白かった、と思いますね。
あまりに有名な池波正太郎の「鬼平犯科帳」の向こうを張るプロットだった、と言っていいと思います。
というかこんな奇抜な創作はほんと小池一夫にしかできない、と思う。
また巧みなのが、物語そのものが時限装置付きであること。
もう、いつくたばってもおかしくないんですよ、鬼平。
連載2回めでほとんど足腰立たない状態ですから。
突然最終回を迎えても全然不思議じゃない。
そこにね、残された命の灯を、最後までプロフェッショナリズムで貫こうとする男の美学、生き様が透けて見えるわけですよ。
そりゃもう、毎回死にものぐるいですから。
その緊迫感たるや半端じゃない。
やべえ、こんどこそお迎えがきた、と思うこと数度。
読んでてぐっ、とこないはずもなく。
もう本当にずるいなあ、小池一夫、と。
ただ、少し残念だったのは、如実に演出力が落ちてるな、とわかる作劇が多かったこと。
こまやかな心理描写、白でも黒とねじ伏せる説得力が全盛期と比べて劣ってるのは確かで。
ドラマチックな人情路線もどこかプロセスをすっとばしてるな、と思える節があって。
作者が過去に原作した時代劇作品と、同じような方向へお話が進むことが多かったのも少し興ざめ。
もう仕方のないことだったのかもしれませんけどね、この時小池一夫67歳ですし。
新しいものを求めるほうが酷、というもの。
むしろ67歳で連載を始めて、これだけのものが作れれば上出来かもしれない。
あと、私が少し気になったのは森秀樹の作画が子連れ狼の続編じゃないにも関わらず、小島剛夕の模倣みたいになっちゃってること。
書き文字まで真似てるみたいな感じなんですよ。
うーん、なんだろ、新子連れ狼(2003~)の連載で変に癖ついちゃったんだろうか。
ほぼ同時期の連載なんで、描き分けるのが難しかったのかもしれませんけどね。
ともあれ、きちんと完結までこぎつけた最後の作品かもしれないんで(ちゃんと調べてませんが)ファンは要チェックかもしれません。


新々上がってなンボ!太一よ泣くな
2004年初出 小池書院全12巻

ようやく念願のプロゴルファーになれた太一の活躍を描く、新上がってなンボの続編ゴルフ漫画。
前作終了年に新連載が開始されてるので、もともと続きを書く予定だったのかもしれませんせんが、別段内容に変化があるわけでもなにか新しいことをやろうとしてるわけでもないので、なぜわざわざ仕切り直した?と疑問だったりはします。
「新」と「新々」って、一字しか違わないものだからややこしいんですよね。
前作が36巻にも及ぶ長期連載だったから、微妙に実売部数が落ち込んでたのかもしれません。
漫画は殆どの場合、1巻が一番売れますしね。
物語は前作と全く同じ調子で、プロになっても変わらず謙虚で真摯な太一の精進の毎日と、深い夫婦愛を描いていくことを主軸に進行。
従来のファンは文句なく楽しめるんじゃないかと。
唯一物議を醸すとしたら、最終話に至るまでの終盤のストーリー進行でしょうか。
プロとしてはあまりに非力すぎる自分を、様々な技を習得することでカバーしてきた太一が、突然パワーゴルファーへの転身を画策しだすんですよ。
いやいや、それがどうしても不可能だったからこそ成立した物語じゃん、大前提を根本から覆してどうする?とあたしゃ焦りましたね。
しかも体格に恵まれない太一がロングショットを実現させるためのロジック、特訓法がどうも怪しくてね。
私はゴルフに詳しくないんで断言はできませんが、なんだこれ、どこの怪しいセミナーだよ、と思った。
もしそれが本当に実現するものなら、ゴルフのみならずスポーツ界自体に大変革が起こるわ!と。
あれほどスポーツ科学に造詣が深く、プレイヤーのメンタル、ゲーム理論にまで鋭い考察を披露した小池一夫がいったいどうしたことか、と。
実際のゴルフ界自体がロングショット時代に突入したため変化を余儀なくされた、と指摘されてる方も居ますが、それにしたって強引にひっくり返しすぎ。
あげくには、あれほど固い絆で結ばれていたはずの嫁の八重が、そんな太一に辛抱できずに離れていこうとするんですよ。
いやいや過去にもっと大変なことがたくさんあったじゃないか、なんでその程度のことで?と頭の中を飛び交う疑問符。
内情はわかりませんが、慌てて物語を閉じようとでもしてたのかなあ、と。
とにかく上がってなンボらしくないし、なにより説得力がない。
ま、多いですけどね、小池一夫の長期連載で最後がおざなりになるパターン
太一よなくなシリーズは前作で終わっておくべきだったのかもしれません。
最後までもう少し集中して原作やってくれてたらなあ、と思うんですけど、後年は借金問題とか色々あったんでそれどころじゃなかったのかも。
肝心のエンディングに違和感を覚えるファンは多いんじゃないでしょうか。
あいかわらず叶精作の作画は素晴らしいんですけどね。


レイザー
2005年初出 小池書院全4巻

1800年代後半のアメリカを舞台に、奇妙な形の十手を持った謎の日本人の活躍を描いた異国時代劇。
やってることは作者お得意の傷追い人、クライングフリーマン系の超人列伝で、そこになんら新鮮味はありません。
古くからのファンにとっては、またこのパターンか、と手垢な印象を濃く感じるかも。
今回、新機軸だなと思われるのは、主人公が、かつては「カミソリ半蔵」と呼ばれた北町奉行所のキレ者同心であり、それが紆余曲折あって日本を脱し、今は自由に生きることを旨とするさすらいの老人であること。
その半蔵がかつての経験を生かして市警に協力し、難事件を解決していく展開はまあ、悪くはない、と思うんです。
問題は70歳を超えた老人があまりに頭が切れて無敵すぎることでしょうか。
少子高齢化が進む日本の読者層を意識したのかもしれませんが、さすがにこれはやりすぎじゃないか、と。
一気に物語にリアリティがなくなってくるんですよね。
サムライが西部劇の世界に飛び込んだようなおもしろさはさすがの着眼点だと思うんですが、やっぱり70代のキャラには70代なりの役割があると思うんです。
力に頼るのではなく、力をかわす知恵みたいなものを描いて欲しかった、と思うことしきり。
あとは、心揺さぶるセリフの説得力や演出力が若干落ちてきた、と感じられるのが寂しいところ。
掲載雑誌「刃」の休刊により、4巻で中断。
らしい作品ですが、やはりファン向けでしょうかね(実は御用牙の続編らしいです、私は御用牙全部読んでないんでわからなかった)。


そしてー子連れ狼刺客の子
2007年初出 小池書院全5巻

新・子連れ狼の続編。
江戸城に囚われの身となった大悟郎が単身試練を乗り越え、地下の大迷宮を脱出せんとする展開から物語は幕を開けます。
普通におもしろいです。
実によく練られたシナリオはまさに往年の小池印。
ただ、ここまできてしまうとですね、もう子連れ狼でもなんでもない、というか。
ほとんど別の作品、と言っていいでしょう。
5歳の子を主人公とした時代劇として前人未到の道を行こうとしているのには感嘆するんですが、 ちょっと誇大にハッタリをきかせすぎ、と思ったり。
とりあえず大悟郎が子供にしてはあまりに凄すぎるんです。
大人でも答えられないような問答に機転をきかすわ、剣技で大人をばったばった倒すわで、もう怪物の部類。
いかに死生眼をもつ狼の子とはいえ、これはいくらなんでもやりすぎでは、と。
もうすこし危なっかしさがあった方が、スリルは増したのでは、と思う次第。
4巻ぐらいから自身の出生の謎を追う展開にストーリーはシフトするんですが、2015年現在、5巻以降は発売されてません。
中断状態のまま。
掲載誌である「刃」が廃刊、その後連載を受け継いだ「ガッツポン」も2012年を最後に発売されてませんので、多分再開はないんだろうなあ、と思います。
あの子連れ狼がこう言う形で終焉を迎えるのは残念ですが、これも時代の流れか。
未完ゆえ評価は難しいんですが、当時を知る子連れ狼ファンなら相応に楽しめることと思います。


*画像をクリックすると電子書籍の販売ページへと飛びます。0円で読めるものも多数あります。

1980年代の小池一夫、15作品

タイトルとURLをコピーしました