子連れ狼
1970年初出 小池書院全20巻

時代劇マンガ不朽の名作。
異論を挟む余地はない、と私、断言します。
これ以上のもの、ってちょっとありえないと思えるレベル。
なんといっても公儀介錯人である主人公が柳生一門に対する復讐のため徒手空拳で地位も名誉も捨てて刺客人となるという設定がまず凄まじいし、そこに大吾郎というキャラを放り込む着想がそもそも尋常じゃないわけで。
勝算の低い戦いであることを知りながら、わが子であるがゆえに、ともに冥府魔道の道行きを行こうとする拝一刀の生き様は思想であり哲学だと思ったし、それを演出する小池一夫の手練手管も神業クラス。
また刺客道を貫くための旅の渦中で繰り広げられるドラマがいちいち恐ろしい完成度なんです。
あたしゃもう、何度目頭を押さえたことか。
これだけ長期の連載でありながら最後まで一貫してぶれることなく柳生烈堂との闘争を描いたことも特筆に値する。
巻を追えば追うほど白熱する展開も比肩する作品が思いつかないほどの熱量。
エンディングの決着に至るシーンなんて再編集版で5巻にも及ぶんですよ。
それでも全くテンションが落ちない。
何もかもがケタはずれ。
一切のつっこむ隙なし。
70年代時代劇コミックの空前絶後の金字塔でしょう。
間違いなく小池一夫最高傑作。
漫画の神が降りてきたとしか思えないラストシーンに打ち震えてください。
御用牙
1971年初出 少年画報社全18巻

小池時代劇の中でも人気タイトルだと思うんですが、個人的には一番荒唐無稽かも、と思った一作。
北町奉行同心で十手持ちである半蔵の、過激で横紙破りな活躍を描いた作品なんですが、どう贔屓目に見積もってもこんな同心は存在し得ないだろう、ってのがまずあってですね。
ま、遠山の金さんとか水戸黄門とか居る事ですし、なんら目くじらを立てるほどのことはないのかも知れませんが「ありえなさ」をリアリズムで染め上げる才覚こそが作者の凄さなはずなのに、何故こんなベタベタな、ある種のアンチヒーローものを?と私は疑問に思うわけです。
仕事にすべてをかけた男のプロフェッショナリズムはハードボイルドに息づいており、そういう意味では読み応えは充分なんですが、何のためにそこまで?というのがちょっとわかりにくいのも難点。
背景が見えてこないんです。
主人公は江戸庶民のため、と大言をはいてるんですが、政治家の弁舌じゃないんだから素直にああそうですか、とは納得しにくい。
むしろ職務を遂行するためにはゆすりや強迫、強姦も辞さず、というあまりにもな身勝手さばかりがやたら目につく。
極端なことを言うなら、主人公半蔵はある種の人格障害であり偏執狂なのでは、と言う気さえしてくる。
ちょっと過激さが先行しすぎちゃったようにも感じます。
さいとうたかをに酷似した神田たけ志の絵柄も魅力を軽減。
うーん、あんまり好きになれない一作ですね。
3巻まで読んで頓挫。
木曜日のリカ
1971年初出 スタジオシップ全5巻

凄腕女性工作員みたいな感じの主人公リカが、いろんな事件に首をつっこんで勝手に大活躍するヒロインアクション。
あえて「凄腕女性工作員みたいな」と書いてるのは、単純にミカが何者なのかよくわからないからです。
作中では、ただひとり女でノーベル殺人賞をもらった人物、と書かれてますが、いやいやノーベル殺人賞って、なんやねん?!という話であって。
小池先生、今回ばかりはさすがにハッタリが過ぎやしませんか?と。
そもそもですね、殺人の技術を高く評価されたからって、それが生きていく上でどう役立っていくわけ?ってことであって。
警察や軍隊ですら扱いづらいですよ、人殺しが得意な人物なんて。
唯一、評価が生かされそうなのは傭兵とか、諜報機関ぐらいしか思いつかない。
けど主人公ミカ、なんか組織に属してるようには見えないんですよね(のちのち背後に組織があるようなエピソードが挿入されるが)。
自由意志で、己の正義感を指針に、勝手に事件解決に乗り出してくる(ようにみえる)。
凄腕だかノーベル飴だかなんだかしらないけど、関係者や警察にとっちゃあ迷惑この上ない。
なんでこうものれない初期設定にしたのか?と思いますね。
ユキの能動性の礎となるものがなんなのか、さっぱりわからないから、いくら人のために身を挺していてもたんなる酔狂な人にしか見えなくて。
別に秘密機関でもCIA所属でもなんでもいいから「男もかなわぬ紅一点」にしておきゃよかったんじゃないのか?と思うんですけど、なにかしら意表をつきたかったんだろうなあ。
女性を主人公にしたアクションをやりたい、というのがおそらく前提にあったんでしょうね。
他はあとから肉付けしていきゃいいか、みたいな。
当時、少年キングに連載され、1巻が発売されるもあとが続かなかったみたいですから、人気も振るわなかったよう。
篠原とおるのさそりが1970年から連載が始まって、人気沸騰してた時期ですから、小池先生、俺だってやれる!と思ったのかもしれません。
今、あらためて再評価するのはなかなか難しいかと。
松森正の作画は素晴らしいんですけどね、小池ヒロインアクションが結実するのは修羅雪姫の発表を待たなくてはならいように思います。
高校生無頼控
1971年初出 双葉社全8巻

当時、爆発的なヒットを記録し、後に3度の映画化もされた作品。
性描写を前面に描いた漫画のパイオニアとも言われたりしてます。
過激派に名を連ね広域指名手配となった行方知れずの兄を探すために、高校を休学し、全国を放浪する主人公ムラマサの活躍を描いたシリーズなんですが、今読んであらためて思うのは「こんな高校生は絶対居ない」の一言につきますね。
知恵の廻り方、度胸の据わり方、体術の熟練度、行動力、どれをとっても大人顔負け。
しかもムラマサ、行く先々で見知らぬ女性を口八丁手八丁で口説き落として関係を結ぶんです。
しかも後腐れ一切なし。
ありえない、としかいいようがないんですが、そのありえなさこそが時代に求められていた、という事なのかもしれません。
最初は小池一夫なりの学生運動の総括をやろうとしてるのかな、と考えたりしたんですが、それも巻を重ねるごとにだんだんおざなりに。
中盤以降、ムラマサの女100人切り日記みたいになってます。
兄貴の話題すらほとんどでてきません。
でまあ、今読んでてやはり一番つらいのは言葉使いや、セリフ回しの古さ、ですかね。
ラブタッチとかDラインとか、いやもう、なんか凄いな、と。
権威主義的なものからの解放、若者の自由を求める空気みたいなものはガンガン伝わってくるんですが、それ故この作品は70年代に青春時代を過ごした人たちのものであるように思います。
後からどうこう言う漫画じゃないですね。
芳谷圭児の無駄のないシャープな作画は素晴らしいと思いました。
外伝1冊あり。
内容は本作の延長みたいなもの。
ちなみに最後まで兄貴は見つかってません。
というかこれ、完結なんですかね?
葬流者
1972年初出 スタジオシップ全11巻

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鬼輪番
1972年初出 オリオン出版全7巻

「この物語は封建社会における、ある青春の慟哭譜である」とのイントロダクションで始まる忍者もの、時代劇。
「鬼輪番」が「お庭番」をもじっていることはすぐに察しがつくんですが、何故この役割を直参旗本や伊賀、黒鍬之者でなく、過酷な忍者養成学校を卒業した5人の若者が担っているのか、そこがよくわからない、といえばよくわかりません。
鬼輪目付などという架空の役職まで設定されてるんですが、なにかと際どい、というのはありますね。
本来のお庭番の裏組織的な存在、と言うならまだしも、天下の御公儀探索方がたった5人たらずの若者で構成、って無理があるように思いますし、諜報組織として保険をかけなさすぎだろう、と思うわけです。
結局、月並みな幸せを棄て、人を棄てて過酷な定めに翻弄される若き忍者たちの苦悩が描きたかっただけ、ということなんだろうなあ、と思います。
私は初期設定が気になって、なかなかストーリーに集中できませんでした。
劇画の怪物、小池一夫もまだまだ若かった、って事なんですかね。
何故か作画が1巻の途中でながやす巧からやまさき拓味に交代。
これも読後の印象に水を差す感じ。
映画化もされた人気のシリーズだったようですが、もっと凄い作品をこの人はいっぱい世に送り出してる、というのが正直な感想。
ちなみに未完です。
どちらかといえば熱心なファン向け、でしょうね。
道中師
1972年初出 スタジオシップ全4巻

道中師と呼ばれる掏摸の世界を描いた時代劇。
スリ集団の縄張り意識やしきたり、決め事を細かに描いた当時の裏社会の描写は興味深いし、それを題材にして物語を紡ぐ発想はさすがだと唸らされるものがあるんですが、幾分残念だったのは作者お得意の復讐譚がストーリーの軸になっていること、ですかね。
なんせ小島剛夕との黄金コンビでの時代劇ですんで、それだけで胸躍るものはあるんですが、復讐といえば子連れ狼という同コンビによる当代無比の大傑作がありますんで、どうしたってまたか、と思うし、使いまわしてる感は否めない。
復讐劇って読者を取り込みやすい、とは思うんです。
だからこそ、この布陣ならではのマジックであえて別のドラマを描くことも出来たのでは、ってどうしても思ってしまう。
若干駆け足気味の展開、目的を遂げてはい、おしまい、としたエンディングもあっさりしすぎてて読後感にひたらせてくれない。
決しておもしろくないわけではないんですが、数々の名作が存在するコンビゆえに読む側のハードルもあがっちゃってる、という事なのかもしれません。
他が凄すぎるんですよね、結局。
佳作でしょうか。
首斬り朝
1972年初出 スタジオシップ全12巻

ああ、これはこれはもうひとつの子連れ狼だ、と思いましたね。
もちろん大吾郎はでてこないし、柳生も敵対しませんが、公儀介錯人として拝一刀がもし職務に殉ずる覚悟をして日々を過ごしていたら、こうなったのではないか、と夢想させる内容。
幕閣ぐるみの派手な陰謀も剣戟もありませんが、人の首を落とすのを仕事にするというのは一体どういうことなのか、というのがもの悲しくも粛々と描かれています。
市井に存在する首斬り職人のプロフェッショナリズムと悲哀が静かに胸を打つ。
人の命をうばい続けることの懊悩、贖おうにも贖いきれぬ罪業が、子連れ狼からこぼれ落ちたものとして、本作には息づいている、といえるんじゃないでしょうか。
小島剛夕の精緻で写実的な描画もここにきてますます冴え渡る感じ。
刑場での山田朝右衛門の覚悟に満ちた表情は凡百のつまらぬ説明的なセリフを蹴り飛ばして恐ろしく雄弁です。
ここまで毎回毎回死と向き合った時代劇漫画って、他にはないと思いますね。
とにかく首がとびまくるのでその残忍さ、生々しさに辟易する人もいるかも知れませんが、こりゃ傑作だと思う次第。
どこか品格のようなものすら作品から感じるのはどういうわけか。
このコンビならではの名品でしょうね。
サハラ
1973年初出 小学館全8巻

1960年代のアフリカ、アンゴラを舞台とした女性だけの傭兵集団の、血と謀略の日々を描いた作品。
60年代の暗黒大陸の政情なんてまるで知らない私ですが、普通にストーリーを追うだけで、何故長い間内戦に苦しめられ、ポルトガル政府が戦争に加担しているのか、全部わかってくるのだから本当に漫画もバカにできない、とつくづく思った次第。
またそれをエンターティメントの世界で描ききってしまう小池一夫の博識、怪物ぶりにほとほと感服。
女性だけの傭兵集団、までは誰でも思いつく、と思うんです。
でもそれをファンタジーや内輪受けなSFでごまかさず、きちんと現実の世界でもっともらしく調理してみせる手腕はひりつくようにリアルでさすがの一言。
凄絶な過去を持った女達が、死と隣り合わせに明日なき明日を生き抜いていく物語ですんで相応に重苦しくはあるんですが、そんな環境でしか語れぬ哲学や価値感があまりにエキセントリックでページをめくる手を止めさせません。
特に部隊の長であるヒステリーカの言動はどこへ向かおうとしているのか、全く予測できなくて実に刺激的。
中盤から傭兵集団の活躍はアメリカ、ヨーロッパに拠点を移し、非合法組織と暗闘する展開にシフトしていくんですが、これがまた前半にも劣らず読み応えあり。
強い女が活躍するバイオレンスが好きな人は必携でしょう。
残念だったのは突然予告なしで打ち切りでもくらったかのようにいきなり終わってしまったこと。
女としてどう生きていくべきか、答えを見出せぬヒステリーカになにがしかの救いを与えてやって欲しかった、と思いましたね。
あと、これは個人的な好みなんですが、作画を池上遼一にやって欲しかった。
力のある作画だ、とは思うんですが、ちょっとね、好きになれない絵なんです。
池上遼一なら副長ボーデンレガーをもっと強烈なインパクトでデザインしていたように思う。
今あらためてリメイクしても意外に人気が出るのでは、と思えた一作。
あまり話題にのぼりませんが、小池劇画の現代劇の中ではかなり上位の出来映えであるように思います。
I・餓男 アイウエオボーイ
1973年初出 オリオン出版全6巻

おなじみ小池現代劇「リベンジもの」のルーツといっていい一作でしょうね。
以降に発表された傷追い人(1982~)等の作品はすべてこのI・餓男を足がかりとしているように思います。
池上遼一と初タッグを組んだのもこの作品じゃないでしょうかね?
きちんと調べてないので自信はないですが。
しかしまあタイトルからして飛ばしまくってます。
I・餓男と書いてアイウエオボーイと読ませる、ってんだから小池先生の独特な語感もセンス全開だ。
で、肝心の内容なんですが、さすがに70年代初頭の作品で手探りな部分もあったのか、なにかと古いし、あんまり整ってない。
金も権力も持たぬ一人の若者が、殺された恋人の復讐を誓って巨大な犯罪組織に挑む、というおなじみの展開もこれが最初か、と思うと感慨深いものがあるんですが、とにかくお話がなかなか進まないし、主人公暮海猛夫のキャラ立てもあんまり上手じゃない。
やっぱりね、国家にもその影響を及ぼすような組織にたかがアマチュアボクサーくずれが太刀打ちできるとは到底思えないわけです。
プロの殺し屋相手に向こうを張ってみせるだけの超人性が暮海の内には見当たらない。
そうこうしている間にも暮海をかばって女たちがばったばったと死んでいく。
ま、これ、いつものパターンなんですけど。
一旦、アメリカに渡っちゃう展開もあんまりよくなかったように思いますね。
風呂敷広げすぎて、最終目的である「復讐」がどんどん遠くなっていく。
しかも最悪なのが、このシリーズ、未完なんですよね。
詳しい事情は知らないんですが、池上遼一が6巻で一旦作画を降板してるんです。
その後、音沙汰のないまま約五年後に、突然松久鷹人の作画で続きが再開されるんですが、人気が振るわなかったのか、再び中断。
以降、続編は描かれてません。
多分、小池一夫本人も興味を失くしちゃったんだろうな、と思います。
明らかにこのシリーズよりも優れた内容の作品を量産してた時期ですしね、続編が描かれた80年代といえば。
今、改めてこの作品の価値を問うのはなかなか厳しいものがあるようにも思いますが、当時はバカ売れしたみたいなんでリアルタイムで読んでた人にとっては記憶に残る一作なのかもしれません。
荒唐無稽を恐るべき演出力、説得力で感動に昇華させる小池マジックはまだ開花前、といった印象ですかね。
ムサシ
1974年初出 小学館全13巻

小池一夫と「巨人の星」で有名な川崎のぼるのタッグによる、宮本武蔵のマンガ化作品。
少年サンデーに掲載されていたらしいんですが全く知りませんでした。
まあ時代と少年誌の性格上の問題もあってか、路線は汗と涙と根性、そして友情。
とりあえず宍戸梅軒と佐々木小次郎と武蔵が友達だった、なんて設定は小池一夫にしかできないでしょうね。
今ムサシ、というとどうしてもバカボンドと比較してしまいがちかと思いますが、もちろん並列にならべてはいけません。
どの時代のどの作品ともまるで別物。
作者らしい雄弁でハードボイルドな世界観は希薄で、どちらかというと川崎のぼる色が強い印象を受けますが、それが良くも悪くも作品を中途半端な出来にしてるような気がします。
コミカルで性善説に基づくキャラを残虐でシビアな剣の世界で描くのはやっぱりかなり無理があるように思うんですよ。
それが過剰にシリアスになりすぎない親しみやすさを産んでいる事は間違いないんですが、原作が有名すぎるだけに常に違和感がつきまとう。
結局死生観みたいなところにまでつっこまざるを得ない物語なのに、それをスポ根感覚でやられてもなあ、ってのはありましたね。
おもしろくないわけではないんですが、踏み込みの浅さが小池作品らしくないように思えて、3巻で頓挫。
後半で化けるんでしょうか。
全巻読まないと良さはわからない、と言う方がおられましたら御一報ください。
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