1980年代の山上たつひこ、18作品

にぎり寿司三億年
1980年初版

<収録短編>
にぎり寿司三億年
にぎり寿司腰みの踊り
タイムマシンつき電子レンジ
つんつるてん
宇宙船えっさ丸

どこか70年代国産活字SFっぽい発想が香るギャグ短編を集めた作品集。
「つんつるてん」を除いて、どの短編も独特のアイディアが光ってます。
特に表題作はアホなキャラで笑わせるのではなく、そのシチュエーションが笑える、という秀作。
「タイムマシンつき電子レンジ」も藤子漫画が山上流の暴走を許したかのようで楽しい。
総じて粒ぞろいの作品集だと思います。
作者の多様性が上手に形になった、ファンならずともオススメの短編集じゃないでしょうか。


ヨイショで満開
1981年初版

山上流ホームコメディ、といったところでしょうか。
どことなく天才バカボンや、古谷三敏の諸作を思い起こさせる家族ものギャグなんですが、そこはまあ山上たつひこなんで、飛ばしっぷりが半端じゃありません。
ばかばかしさも度を越して縦横無尽。
満開の親父のキャラとか私かなり好きなんですけどね、どうも当時はそれほど人気がふるわなかったみたいで。
この頃の作者の作品は何を読んでもおもしろい、と思うんですが、うーん、時代にあわなかったのかなあ。
お下劣さとキレキレのギャグで一時代を作った作者が、あえてオールドスタイルな家族ものをやる、という方向性が逆に挑戦的なのでは?と私は思うんですが、どうも読者には伝わってなかったみたいです。
作画スタイルもほぼ完成しつつあるように思います。
ボケが二人にツッコミが二人という珍しいパターンの設定だったんで、もう少し続いて欲しかったですね。
タイミングというか、きっかけさえ合えばTVアニメもいけた気がするんですが、無理ですかねえ。
この作品ならなんとか電波に乗せることもできたように思うんですけど、ファンゆえの贔屓目が過ぎる、って話かもしれません。
個人的にはおすすめですね。


感電しますよ
1982年初版

初期の頃から活躍するキャラ、半田溶助を今回は街の電気屋の社長にすえて滅茶苦茶やらかしたギャグ。
半田溶助の、変わらぬ粘着質でお下劣なふるまいに嫌悪感を抱く人もいそうな気もしますが、少年誌掲載、とあってそのいかがわしさもかつてに比べれば幾分セーブ気味。
やってることはこまわり君と似たようなものなんですが、中年のおっさんキャラがやらかすとそれもかわいげがない、と思ったり。
露骨に映るんですね。
まあ、もともと男性生理をディフォルメした露骨な下ネタこそが山上たつひこの真骨頂だったりはしたわけですが。
山上ギャグ初期の残滓を作者80年代のセンスで料理したらこうなった、って感じですが、これ、なかなか少年読者に支持されるのは難しいのでは、という気もします。
個人的には一番親しみやすい半田溶助だったりはしますけどね。
これを親しみやすい、と言ってる段階でどうなんだ?と思わなくもないですが。
頭のおかしい変態オヤジキャラに愛着あった人は買いかと。
誰なんだ、それ。
ギャグはキレまくってます。


能登の白クマうらみのはり手
1982年初版

<収録短編>
能登の白クマうらみのはり手
大和民族体型保存会
スタミナサラダ(全5話)
アルプス犬坊(全1話)

表題作のみ、幾分発表年代が新しいのでは、と思います。
一番よくできてる、と思えるのもこれ。
「スタミナサラダ」は作者ががきデカで確立したお得意なパターンのギャグ。
でもけっこうこれ、私、好きなんですよね。
体の欠損を補うためにギョーザを作って食べる、というネタが妙にツボにはまった。
ギャグを文章で上手に説明できないんで、こればっかりは読んでもらうしかありません。
「アルプス犬坊」は朝日ソノラマから発売になっていた名作劇場1巻と重複。
小学館クリエィティブの単行本にも収録されてます。


ええじゃない課
1982年初版

架空の街、玉鹿市の市役所に勤務することになった主人公、須崎君のドタバタな日々を描いたギャグ。
おおむねいつもの山上ノリではあるんですが、中盤ぐらいからそれぞれのキャラの役回りが変わってくるのがこの作品の特徴でしょうか。
序盤は大仏みたいな顔をしたキャラ、課長がバカなことをやらかしてそれを須崎君がつっこむ、という形だったんですが 、それが徐々に須崎君自身が真顔でボケてつっこまれるパターンに変わってくるんですね。
課長は完全にサブキャラに降格。
この作品ぐらいから作者は、見た目がすでに変なキャラにバカなことをさせるのではなく、一見普通の身なりでなんら変にはみえないキャラにボケ役をやらせる方向に変わってきたように思います。
穿った見方かもしれませんが、何気ない日常にひそむ奇妙なおかしさをあぶりだそうとしているかのようにも感じられます。
特に私がこれはすごい、と思ったのが5巻に収録されている「あなたの背中でわかるのよ」の回で、シュールなSF的味付けとギャグが融合した神技的アイディアで筋立てだ!と震えましたね。
がきデカが凄いのはもちろんなんですが、こまわり君を除けば一番好きな作品かもしれません。
個人的にはギャグのキレといい、創話の妙といい、ここが頂点
おすすめです。


イボグリくん
1982年初版

<収録短編>
イボグリくん5話
娘々サンゴ礁
ファーブル新婚記
3980年 野生の王国
原色食物図鑑2話
朝もはよから

おそらく福井英一の柔道漫画「イガグリくん」のパロディ。
もうやりたい放題スポ根を辱めてますんで当時少年だったファンが読んだらひきつけおこすか、怒り心頭に達するかのどちらかだと思うんですが、ネタ元を読んだことがない身としては普通に爆笑。
シュールで実験的な試みもいくつかあって、後の不条理ギャグ路線を予見するかのよう。
ストーリーはあってないようなものですんで、とにかくイボグリくんが出てくる短編5話がまとめられてる、と考えればいいと思います。
とりあえず内容の無茶苦茶さは他のシリーズと比べても度を超えてるかもしれませんね。
ただ、表題作のイボグリくん、わずか50ページほどで全話終わっちゃうんです。
なので、他の短編に価値を見出すしかないんですが、重複してない初収録作が2編ほどあるんでファンは買いかも。
山上たつひこ選集や、小学館クリエィティブから発行の単行本にその2編が後から収録されたかどうかは未確認。
この作品のプロットは後に形を変えて小説「それゆけ太平」で一応の完成を見た、と解釈してもいいかもしれません。


JUDOしてっ!
1983年初版

いつものギャグ路線ではあるんですが、時流を意識したかのようにさりげなくスポ根とラブコメをとりいれた超異色作。
オリジネイターであるはずの山上たつひこまでが流行に迎合しちゃうの?と当時はショックでしたね。
高橋留美子か、はたまたあだち充か、ってな按配で青春路線な描写の数々は、がきデカ世代には衝撃ではありました。
まあ、それでもいつもの下品さは損なわれていない、というのがすごいと言えばすごいんですが。
ただこの作品、作者自身が途中で嫌になったのか、飽きちゃったのか、物語は終盤、なぜか動物3人組が主人公になり代り、投げ出すように終わってしまいます。
無理してたのかもしれませんね。
基本設定やキャラ、プロットそのものは異様によく出来てるように感じられたんで残念。
ちなみに主人公は、力の出し方が調整できず、無敵なのに勝ち星をあげられない主人公の柔道部員、美少年の日高君。
なぜかお父さんはゲイバーの美人ママ。
そんな日高君に思いを寄せる秀才の杉村君。
何故か彼は興がのってくると立原道造の詩をそらんじたりする。
イギリス人を最高の民族と言い切る同じ柔道部員のハーフ、南君や、何故か手足がヒズメな百川君、顧問の下腹部先生のキャラも笑えていい。
ヒロインの2人組がらしくなく可憐でかわいいのも過去の作品にはなかった傾向。
これ、違う漫画家が同じシナリオで、マガジンあたりでやったら意外に人気が出たのでは、という気すらします。
でもそこを割り切ってやらないのが山上たつひこなんでしょうけどね、きっと。
ファンからは評価されない作品かもしれませんが、本来の持ち味と80年代的軽佻浮薄が入り混じったカオスな内容は、どこか新鮮さもあって、私は嫌いじゃないですね。


お天気君
1983年初版

ええじゃない課で作者は、一見普通に見えるキャラにボケさせてギャップゆえの意外性の笑いを追及する方向に興味を示しだしたわけですが、本作、その路線を継ぐ作品と言っていいと思います。
ただ、この意外性の笑いって、見た目のインパクトに頼れない分、しっかりネタを繰っておかないと地味に映ってしまう危険性も孕んでるわけで。
ちょっと落とし穴にはまっちゃったかな、という気がしなくもありません。
お天気君をボケさせたいのか、単におかしな日常を描きたいのか、微妙にブレてる印象もあり。
サブキャラが流動的なのも作品の色合いを薄弱にしてるように思います。
作者の集中力そのものが散漫になっているような感じも。
うーん、嫌いじゃないんですけどね、あまり印象に残らないですね。
どちらかというとファン向けかも。


ごめん下さい
1984年初版

山上版「いじわるばあさん」ってな感じでしょうか。
なんてことない二世帯同居家族のホームドラマなんですが、ばあさんのキャラがよく出来ててとにかく笑えます。
こういうババアは本当に居そうだ、と感じさせつつも、実は作者にしかできない独特なディフォルメが施されているのが絶妙だ、と思う。
志村けんのひとみばあさんをなんとなく思い出したりも。
このシリーズは本当に続いて欲しかったですね。
ギャグ漫画の礎を作った人が、回帰するかのようにこんな普通のホームドラマで「味」みたいなものを探っている、というのがとても興味深いです。
大好きな一作。
なんとなくしぼむように終わってしまったのが本当に残念。


鉄筋トミー
1985年初出

スペースファンタジーというかSFアドベンチャーというか、異形のマーベルコミックというか、まあともかくそういう路線でギャグ一直線、という異色作。
どことも知れぬ裏宇宙、という設定なんですけどね、ナウシカを土足で踏みにじるような巨大昆虫と砂漠の世界観は、まさに王のそばで皮肉を呟き続ける宮廷道化師、これぞ反骨精神旺盛な笑いの真骨頂か、などと初読時は深読みしたりしたものですが、うん、まあ、多分そこまでは意図してないでしょうね、はい。
科学技術が発達した未来世界のその後っぽい舞台設定で、番頭だの小間物商だの江戸時代っぽいキーワードが散りばめられているのはちょっと感心しました。
さすがSFがわかってらっしゃる。
アクション掲載作品なんで下ネタもセーブすることなく全開で、もうほんと下品なんですが、ギャグの切れ味はもはや当代無比の状態。
爆笑ポイントがたてつづけに連鎖誘爆。
でもあんまり人気はふるわなかったみたいなんですよね。
それを反映するかのように、終盤は急にテンションが降下。
なんとなく尻すぼみな感じで最終回。
おもしろい、と思うんだけどなあ。
創造性のあるギャグ漫画なんて、そうざらにお目にかかれないですよ。
がきデカで確立した様式を汲む作品としては、アレンジが秀逸だった、と私は感じてます。


山上たつひこ傑作選
1985年初版

1巻「冒険ピータン」はかつて少年チャンピオンに連載されるも、何故か単行本化されなかった長編14話を収録。
2巻「お薬ちょうだい」は主に青年誌に掲載された短編9話を収録。
購入するなら1巻でしょうね。
いわゆる海洋冒険ものなんですけど、なんせ山上たつひこなんで滅茶苦茶やらかしてます。
海賊船の女船長が乗組員と同性愛の関係にあったり、偶然助けた少年がまんじゅう屋の跡取りで海の上では全く役立たずだったり、うすらハゲた男の人魚がでてきたり。
そんな連中が海中に帝国を築く海の王子とドタバタを演じながら、凶悪なる支配者マダラ皇帝に立ち向かっていく、という筋書きなんですが、まあ、まともにお話が進むはずもなく。
ファンタジーとお笑いが渾然一体となって、わけのわからん世界観を創出してます。
路線としては鉄筋トミーに近い気もしますね。
なんせ脂がのりまくってる時期の作品なんで。
ギャグはキレまくってるし、発想はぶっとんでるし、主人公ピータンのキャラもアホさ全開で下劣で腹を抱えること間違いなし。
秋田書店から単行本化が見送られるほど不人気だったのが信じられないですね。
少年誌にしてはあまりに露骨すぎたのがアダになったのかもしれませんが、昔からのファンならこの程度は充分許容範囲内。
最終話が完全に投げてる感じなのが残念ですが、これは多分打ち切り宣告でもあったんでしょう。
非日常とシュールさ、笑いの尖り具合にかけては山上版海のトリトンとでも呼びたくなる秀作だと私は思いますね。
2巻はペップ出版から発売された3冊の単行本と収録作品が重複。
おそらくどの単行本にも収録されてない短編は表題作の「お薬ちょうだい」だけだと思います。
この1編のためだけに購入する、ってのもなかなか厳しいものがあるんじゃないか、と。
さして出来がいいわけでもないですし。
シリアスな路線の短編もいくつかあって、しかも初期のものが多いってのがさらに購入意欲を萎えさせるかと。
絵柄が全然違いますしね。
気になる人のために収録作品を最後に記しておきます。

<収録短編>
お薬ちょうだい
粉砕学園
男の斗魂
地球防衛軍
冗談紳士録
見えない廃墟
マイホーム・マイホーム
父帰る


主婦の生活
1987年初版

「ごめん下さい」の路線をさらに洗練させたかのようなホームドラマ。
日々の生活におけるさりげない出来事を主婦の昌代さんの目を通して、滑稽に描いた作品。
手慣れたギャグのテイストは残しつつも、作者後期の独特な落ち着きっぷりが反映された作品で、一概にコメディで片づけてしまえないような品があったりもします。
山上作品で品、というのも凄い話なんですが。
お得意の下ネタをほぼ封印した作品であることが、これまでと違う印象を抱かせてるんだと思います。
下ネタがなくなると品が残った、と言う事実が私を驚愕させていたりもするんですが。
題材や着眼点も独特。
特に第一話、切れすぎるおろし金に対する考察なんて、もう、ミステリばり。
後に小説家として発表した作品群と近い風合いを感じたりもしますね。
こんな漫画、誰も描いてないことだけは確かです。
異色作であり、隠れた秀作。
いや、好きですね。


湯の花親子
1987年初出

週刊読売に連載された四コマ漫画。
温泉街でみやげもの屋を経営する家族のすっとぼけた日常を綴った作品。
どことなく「原色日本行楽図鑑」みたいな感触の内容なんですが、四コマという形式ゆえか、作者らしさは希薄です。
他愛ない、といいますか。
掲載誌を意識したのか、ギャグが良識を蹴飛ばしてエスカレートしていかないんですね。
下ネタもほぼ封印されてますし。
つまらないわけではないんですが、どちらかというとファン向けでしょうね。


金瓶梅
1988年初版

中国四大奇書のひとつと言われる金瓶梅を漫画化したもの。
原作は読んだことないんですが、大金持ちの色事師、西門慶の奔放な女遊びを描いた小説らしく、本国では官能小説として知られ、何度も発禁処分を受けた作品であるとか。
わたなべまさこや他の漫画家も作品化してますんで秘かに人気の題材なのかもしれません。
もちろん山上たつひこですんで原作どおり進むはずもなく、官能はより下品に、登場人物は総じてギャグ漫画的に、お笑い一直線でアレンジされてます。
原作のあらすじを読んだ限りでは愛憎渦巻く昼ドラみたいな感じで、エンディングもどこか宗教的に輪廻転生を語っていたりするんですが、本作ではその手の「重さ」は一切なし。
単純にエロくてばかばかしくて大笑いできます。
印象的だったのは作者が最後に救いとして描いたのが、ささやかな家庭のささやかな幸せであったことで、あーこれはこれで確かにありかもな、と変に納得させられましたね。
真面目に金瓶梅を知ろうとするにはまったくもって不向きだとは思いますが、それなりにストーリーがあるギャグ漫画として作者のカタログの中では興味深い一作になっているように思います。
私は好きですね。
原作つきとはいえ明代中国を舞台にしたギャグ漫画なんて、他には存在しないですよ。


原色日本行楽図鑑
1988年初版

4コマを含む、旅や観光をテーマにした短編集なんですが、ギャグと言うよりは非日常をゆるゆると記したコメディ、と言った感じですね。
おそらく作者の実体験が反映されたのであろうエッセイ的作品作りが興味深いです。
時々こういう紀行マンガを発表する傾向にある作者ですが、シリーズものとして継続して連載されていたら高い評価を受けたのでは、という気もします。
着眼点のおもしろさと、旅先の風景を克明に描写する画力の高さは山上たつひこならでは。
ギャグの大家の別の側面を発見できる一冊。
こういうこともさらっ、とできてしまうってのがすごいなあ、と。
乱痴気騒ぎと下ネタでいつも狂騒的だった作者が、大人の読者を意識した風でもあります。
読んでると旅に出たくなりますね。
余談ですが、後に小学館クリエイティブから発売になった同タイトルの単行本は、私の読んだ双葉社版と収録作品が違います。
いくつかの短編がカットされて差し替えられてるみたいなんでご注意を。


半田溶助女狩り
1989年初版

初版は平成元年ですが、内容と絵柄から察するにおそらく初出は70年代半ばぐらいでは、と思われます。
おなじみ下品極まりないエログロギャグ。
滅茶苦茶やってます。
狂ってます。
初期の作者のギャグって、もうほんと男性の生理を露骨にぶちまけた汚辱路線なんで、ダメな人は多分ダメでしょう。
私もあんまり好んでは読まないですね。
半田溶助というキャラは作者のお気に入りだったのか、他の作品でもちょくちょく登場しますが、私はやっぱり感電しますよぐらいがちょうどいい按配です。
なぜか近年、complete editionと称する新装版がフリースタイルから発売になりましたが、はて?そんなにカルト的な人気があったかしら?この漫画?って感じですね。
どっちかというとまだ最盛期前夜という印象。
「恐怖の鋼鉄男」併録。


鬼刃流転
1989年初版

登場人物の全てを卵形2等身で描いた実験的時代劇。
卵形2等身でチャンバラをやって、血しぶきが飛びまくるってだけでもおかしいんですが、それにもまして下品でバカバカしくて、まさに山上ギャグ真骨頂。 
さらにマニアックなのは、この作品が平田弘史の「血だるま剣法」のオマージュにもなっていることであり、すごいところをパロディ化したものだ、とつくづく感服。
なんせ長い間血だるま剣法自体が発禁で読めない状態だったわけですし。 
ほんとうにナンセンスな内容の時代劇なんですが、こういう事を実際にやってみる精神性が私は好きです。
これこそ漫画でしかできない表現だと思います。 
袈裟斬りにされた二頭身の人体断面図を描いた作品なんて、この漫画だけでしょう。
つくづく発想が普通じゃない。
小説家転向前の最後の秀作。


がきデカファイナル
1989年初版

最終回らしい最終回を描かないまま突如連載中断となったのが1980年。
それから9年を経て、少年チャンピオン40周年の企画として全12回で復活した「がきデカ」完結編が本作。
いやもう当時は感激のあまり小躍りしたくなりましたね。
2度と描かれることはないんだろうなあ、と思ってましたから。
ただ、不安はあった。
ギャグ漫画家って、旬の時期が短いですから。
鴨川つばめも江口寿史も相原コージもみんな描けなくなっちゃいましたし。
がきデカの新作は読みたい、でも、くすりとも笑えないつまらないこまわり君は見たくない。
不安と葛藤に責めさいなまされながらページをめくること数十分、すべては杞憂であった、と心の底から破顔する自分がそこには居ました。
全盛期と全く変わらぬギャグのキレ。
変わらぬ高い画力に、下品さもかつてにまして山盛り。
恐るべきは、最後のシリーズだというのに新しいパターンのギャグがあったり、時代に合わせて西城くんやモモちゃん、ジュンちゃんのキャラに微妙な修正が施されていたりまでする。
なんたる漫画家か、と私は打ち震えましたね。
もうね、全然まだまだやれるんですよ。
時代は吉田戦車の登場によって、劇的に変わろうとしてましたが、全く負けてない。
私の感覚では、バットに当たったときの飛距離はこちらの方が上。
なのにこの作品を最後に、漫画家としての筆は置く、と言う。
晩節を汚さぬ見事な去り際に、私、もう涙目です。
がきデカの最終章読んで、鼻をぐすぐす言わせてるのは多分私ぐらいだろうと思います。
よくぞ描いてくれた、とただただ感謝ですね。
少年時代のバイブルが旧シリーズだとするなら、大人になってからのバイブルは間違いなくこの1冊。
天才ギャグ漫画家山上たつひこの幕引きを飾る記念碑的一作でしょう。


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1970年代の山上たつひこ、9作品

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