1970年代の山上たつひこ、9作品

喜劇新思想大系
1972年初出

シリアスなSF/ホラー系の作品を多く発表していた作者が初めて挑んだギャグマンガ。
いやもう凄いです。
誌面から臭気が匂い立ってくるよう。
貧乏でもてなくて時間だけはたっぷりある主人公坂向春助の、下半身中心のどうしようもなくバカでデタラメな毎日を、下劣かつ下品、低俗かつ猥雑につづったのがこのシリーズ。
もうそんなことまで描写しなくて良いのにと思えるほど容赦なく下世話で、あまりの毒の強さに最近の洗練されたマンガに馴れた若い読者は強烈な拒絶反応が出るかもしれません。
あまり適切な例えではないんですが、今の読者にもわかるようにいうなら、さらにタチの悪くなった村田ひろゆき、って感じでしょうか。
かくいう私も初読時は正直気分が悪くなった。
そこまで男の生理を生々しく描写しなくていいんだよ!みたいな。
しかしながら本作、確実に悪酔いはするのだけれど、がきデカ初期にも通ずる「汚らしいリアルさを逆手にとったおかしさ」ともいえる、ギャグの新機軸が発現しているように思います。
少なくともこれは赤塚漫画路線にはなかったものでしょう。 
私自身が山上ギャグの大ファンになるにはもう少し後の作品の発表を待たねばならないんですが、本作は本作でエポックメイキングな作者初期の記念碑的作品でしょうね。
現在は上下巻で完全版が発売されてます。
がきデカファンは一読の価値有り。


アフリカの爆弾
1971~74初出

<収録短編>
アフリカの爆弾

マイホーム・マイホーム
恐怖飯店

表題作「アフリカの爆弾」と「穴」は筒井康隆の短編の漫画化。
特に改変があるわけでも、脚色されているわけでもなく、原作に忠実。
他三篇は毒の強いブラックコメディであったり、ホラーであったり。
やはり「恐怖飯店」が出色の出来か。
得体の知れない怖さがあります。
こうして並べて読むと、山上たつひこは筒井さんを筆頭にあの時代のSF作家がお気に入りだったんだなあ、と思ったりもします。
あきらかに影響下にあるように感じました。
ギャグ漫画で人気を博す以前の作風が色濃いですが、なにやら脱皮寸前てな気配も。
どちらかといえば初期の作者の作品に興味のある人向けですかね。


仇討ちミコちゃん
1974~1988初出

<収録短編>
仇討ちミコちゃん
青空侍
幕末お笑い三人組
いやだなあ沖田君
天気晴朗なれども日は高し
探り山亀右衛門出世勝負
さるとび佐助

おおむねギャグ路線。
初期を彷彿させるようなシリアスな短編はなし。
これは異色作だな、と思えるのが盲目の元相撲取りの悲喜劇を描いた 「探り山亀右衛門出世勝負」で、おそらくこれ、現代では掲載不可。
やばすぎます。
「仇討ちミコちゃん」が個人的にはお気に入り。
脂が乗りまくってた時期のキレまくってる時代劇コメディで、この設定で連載いけたのでは、と思えるほど。
登場人物が全員卵型一頭身で描かれた「青空侍」もばかばかしくて好きです。
発表年代に幅がありすぎて、絵柄が別人かと思えるほど変わってるのが統一性を損ねていて難か、とも思いますが、時代劇路線の短編を一冊で一気に読める、と言う意味ではお得かも。
後に小学館クリエィティブから発売になった選集「天気晴朗なれども日は高し」と収録作品はほぼかぶってます。
ただし、「探り山亀右衛門出世勝負」はこちらの単行本にしか収録されてません。


地球防衛軍
1974~86年初出

<収録短編>
地球防衛軍
密林大帝
男の斗魂
粉砕学園
謎のシークレットサービス
メロンな二人(1話~10話)

喜劇新思想大系路線の薄汚いお下劣ギャグ路線の短編が5編と、スコラに連載された「メロンな二人」を10話収録。
どの作品も後年発売になった単行本に再録されてますが、メロンな二人が10話まで収録されているのはこの単行本だけだった、と記憶してます。
で、このメロンな二人、私大好きなんですよね。
ちょうど山上ギャグがシュールな色合いを帯びてきた頃の作品で、笑いの振り幅が半端じゃなく亜空間で。
なんといいますか、下品だけどスタイリシュというわけのわからない境地にあったりします。
この10話のためだけに買ってもいいのでは、と思いますね。


がきデカ
1974年初出

現代ギャグ漫画の基礎骨格を作った分水嶺たる作品
あらゆるギャグ漫画家が、我も我もと、がきデカを模倣しまくったように思います。
吉田戦車の登場ぐらいまでそれは続いたのでは。
すでにあちこちで言及されてますが、この漫画が画期的だったのは、それまでボケたおすだけだった旧来のギャグ路線に明確なツッコミを登場させたこと。
漫才の様式を漫画に反映させた、とでもいいましょうか。
さらに凄かったのは、そこから漫画ならではの「笑いのとり方」を独自に進化させていったことでしょうね。
数ある一発ギャグもそうなんですが、一瞬の早変わり、みたいなことをこまわり君はやるんです。
例えば、八丈島のきょん、なら崖っぷちでいきなり着ぐるみを着てたりする。
鶴居村の鶴、では突然ステージでドレスを着てヴォーカルをとっていたりする。
これ、現実では再現不可能ですよね。
CG全盛のハリウッドならともかく。
漫画でしかこれは表現できない。
連載終盤ではその早変わりがさらにエスカレートして、突然ストーリーと関係ない文芸路線なやり取りがワンシーンとして挿入されたりと、シュールな展開すら見せだす有様。
常連キャラすべてが「立っている」のも素晴らしい、と思う。
脇役として無個性なその他大勢が1人として存在しないんです。
小池劇画ですらここまで徹底してないと思う。
少年誌なりにセーブされた下ネタも、女性は多分眉をひそめるんでしょうが、私は絶妙な距離感だったと思いますね。
やりたい放題の下品な路線に見えて、それが実はセックスに直結せず、性的にはまだ未熟であるが故の暴走にとどめられていたからこそ子供が笑えたし、大人も腹をかかえたんだと私は思います。
間といい、シチュエーション作りのうまさといい、突拍子のなさといい、そのセンスといい、笑いとはなにかを知る天才の傑作でしょう。
何度繰り返し読んだかわかりません。


快僧のざらし
1976年初版

がきデカと平行して月刊チャンピオンに連載された作品。
設定に違いはあれど、やってることはほぼこまわり君と同じです。
こちらは茶坊主が主人公で、物語の舞台がお寺、というだけ。
がきデカとの微妙な違いは、暴走する変態キャラが主人公のざらしに加え、陽念と陰念の三人組である、という点ぐらいでしょうか。
師であるはずの和尚様がいつものざらしたちの悪ふざけの被害にあい、悲惨な状況に陥る、という逆転の構図が反権威的で作者らしいと思いますね。
というかこれもう仏罰ものだな、と。
宗教関係者が読んだら青筋立ててマジギレしそう。
ま、そういう人たちが山上たつひこを好んで読んでるとは思えませんが。
おそらく「がきデカみたいなギャグ漫画を」という依頼が編集部からあったのでは?と思うんですが、そこそこ人気があったのに短命に終わったのはそのあたりに原因があったのかも。
がきデカと同傾向の作品は多く発表されましたが、全部尻切れトンボで終わっちゃってますしね。
何がそうさせたのかはわかりませんが。
信仰すら足蹴にしてしまう破壊的な笑いが中毒性高いですが、変遷していく作者の作風を勘案するなら、まだまだ助走段階かな、と思わなくもありません。
このプロットで80年代に連載してほしかった気もしますね。
ファンは押さえておくべきでしょうけど、あまり過大に評価するほどでは・・というのが正直なところでしょうか。


ボクシン子
1979年初版

ボクシングジムを舞台にアホな会長と、その練習生のドタバタを描いたギャグ。
全11話が収録。
絵柄も安定し、笑いも一番冴えてる頃の作品なんで普通におもしろいですが、あまり人気は出なかったよう。
手車叫春と色好増二のキャラは後に「メロンな二人」でも活躍。
作者お気に入りだったみたいですね。
双方比較して読んでみるのも興味深いかと。
最終回はちょっと投げやり気味ですが、総じてよくできてる、と私は思います。
パンチドランカー気味の会長のキャラが秀逸。
今なら絶対どこかからクレーム来ると思います、これ。
毒とばかばかしさの加減が絶妙なんですよね。
ファンなら押さえておくべき一冊でしょう。


スタミナサラダ
1977年初出

元々「スタミナサラダ」といえばにんにくの化け物みたいなのがこまわり君ばりに滅茶苦茶やらかすギャグ漫画で、 朝日ソノラマから発売になっていた山上たつひこ名作劇場に収録されていたはずなんですが、何故か本作は同タイトルで野菜研究家サラダ博士を主人公にしたギャグ作品になってます。
微妙に設定はかぶっていて、登場するキャラも同じ人物が何人か居るんですが、それぞれの役回りは以前とは別。
基本、がきデカ路線ではあるんですが、日本そばがダムを決壊させたり、怪談があったり、タイムスリップものがあったりと、かなり意欲的な内容。
掲載誌である少年マガジンと少年チャンピオンで差別化をはかろうとしたのかもしれません。
巻末には以前のバージョンの「スタミナサラダ」が併録されていたり、キャラデザインの違うものが一話だけあったりと、なんだかよくわからない構成の1冊ではあります。
ページ数を埋めるために寄せ集めたような印象。
なんとなくギャグ漫画って、当時はぞんざいに扱われてたんだなあ、と思ったり。
ネットでもあまり見かけない単行本ですが、格別出来が悪い、と言うわけでもなく、私は好きですね。
続いていたら独特のポジションを築いた作品になったかもしれません。


恥ずかし探検隊
1979年初出

<収録短編>
恥ずかし探検隊(1話~4話)
沈没村から
粉砕学園
謎のシークレットサービス
えら兄いちゃん
天気晴朗なれど日は高し
幕末お笑い三人組
いやだなあ沖田君

のちにペップ出版から発売になった「仇討ちミコちゃん」といくつか収録作品がかぶってます。
発売は79年ですが、絵柄、作風から察するに、多分73~74年頃の短編だと思います。
表題作「恥ずかし探検隊」は、ファンにはおなじみ半田溶助のお下劣ギャグ。
いやもうひどいです。
滅茶苦茶やってます。
臭気ただようようです。
唯一「沈没村から」のみが発表年代が新しく、絵柄が違います。
おおむね初期のエログロな下ネタギャグ路線が好きな人向けですね。


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ギャグ漫画家以前の山上たつひこ 1960~70年代、5作品へ / 1980年代の山上たつひこ、18作品

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