1970年代の松本零士、36作品

ミステリー・イヴ
1970年初出

セクサロイドと同傾向の作品、といっていいと思いますね。
宇宙からやってきた他星人であるイヴが主人公と情事を重ねながら、地球を侵略しようとする悪辣な宇宙人と2人で闘う、というストーリーなんですが路線はエロチック・ナンセンス・コメディ。
色々破綻してるなあ、と思ったりもするんですが、自分の宇宙船を破壊した男に添い遂げようとする宇宙人イヴの心理構造が一番不可解か。
男性にとって都合の良い理想の女性像の正体は宇宙人、と言うのが、その存在が人ではなかったセクサロイドと共通しており、そこになにか含むもの、深読みできるものがあるかもしれません。
つくづく絶望してたんだなあ、と思わなくもないですけど。
プレ松本零士と言っていいと思います。
あえてオススメするほどではないですね。


元祖大四畳半大物語
1970年初出

作者の偉大なるマンネリズム、四畳半シリーズの原点にあたる作品がこれ。
しかしながら原点にしてストーリーもシナリオ構成もあったもんじゃなし。
職なし金なし彼女なしの短足眼鏡の貧乏人、大山昇太のデタラメで無軌道な4畳半アパート暮らしを必殺のワンパターンでコメディタッチに描く。
とにかく本作、最初から最後まで一切何も変化しません。
しょっちゅう仕事をクビになって食うものにも困る有様の主人公と、向かいの部屋に住むヤー公ジュリーと情婦のジュンとのドタバタ酒池肉林だけで延々6巻。
各話の起承転結もほとんど変わらず。
吉本新喜劇並の予定調和と言っていいと思うんですが、これがわかっていても何故か楽しいんですね。
「男おいどん」には欠落していた、奔放な性のばかばかしい演出と、どんなに悲惨でもそれをものともしないデタラメさがあるからだと思うんですが、やっぱりこういう生活はこういう生活なりに楽しいのではなかろうか、と思わせるなにかがあるんですね。
作者の同傾向の作品は他にもたくさんあるんですが、本作が最高傑作だと私は思います。
薄汚くてどうしようもないんですが、そこに妙にシンパシーを感じてしまうのは一人暮らしを経験した人なら分かってもらえるのでは。
松本零士ならではの独特なペーソスも過剰になりすぎず、いい按配で私は好きですね。


ヤマビコ13号
1971年初出

<収録短編>
銀河鉄道の夜
ネアンデルタール
大魔女王第3紀
大サルマタケ博物史
ヤマビコ13号

これといって突出した短編はないんですが、やはりなんと言っても注目は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を漫画化していることでしょうね。
999と銀河鉄道の夜がどのような関係性にあるのか、詳しくはないのですが、 あふるる叙情は他の松本作品とは違うファンタジックな美しさの発露があり、さすが賢治、と唸らされるばかり。
999を描く上で着想のヒントになった、という事なのかもしれませんが、これを読む限りでは別物ですね。
賢治の作品を松本零士の筆で再現する、という試み自体が私には非常におもしろく感じられました。
あとは「大サルマタケ博物史」があまりにもばかばかしくてあたしゃ好きです。
999ファンは一読の価値あり、かもしれません。


空間機甲団
1971年初出

<収録短編>
空間機甲団
マシンナーバン
大宇宙番外地
ダフィン
大野蛮人帯
妄想圏消滅
大個人戦争
模型の時代

総じて、セクサロイドやミステリーイブに通ずる世界観を持つ短編が多いですね。
つまりは初期の冴えなさみたいなものも色濃い、ということ。
各作品の詳しい発表年はわからないんですが、同時期に書かれた短編っぽいです。
興味深いのは小松左京原作の模型の時代を漫画化していることぐらいか。
特に必読、と注目するほどの作品はなし。
ちなみに「ヤマビコ13号」と合本で「銀河鉄道の夜」と言うタイトルにあらためられ、朝日新聞社から発売になってる単行本もあります。


パニックワールド
1971年初出

<収録短編>
パニックワールド
夜行都市のミライ
黒死鳥4444
黄色い兎

少年キングに4回にわたって連載された中編「パニックワールド」をメインに、短編3作を収録した1冊。
やはり表題作の出来が一番良いか。
「パニックワールド」のアイディアは後に「大純情くん」等に形を変えて流用されているように思います。
初期の作品の中では秀作と言っていい部類かもしれません。
なにかひとつきっかけがあれば化けそうな、開花前夜を感じさせる作品集。


闇夜の鴉の物語
1971~81年初出

<収録短編>
闇夜の鴉の物語
四つの瞳
つるすべき多くの女
やけ坂のやけ酒屋
先天性充血魔
無偉人伝説
夜あるき猫

あちこちの雑誌に掲載された短編をまとめた一冊。
発表年代の新しいものは絵柄も現在のものに近く、安定してます。
SF好きとしてくすぐられたのはありがちではありますが「夜歩き猫」ですかね。
「やけ坂のやけ酒屋」も都市伝説っぽくビターなテイストで悪くなし。
ひどいのは「無偉人伝説」で水木しげるか、っつーぐらいオチもヤマもなく尻切れトンボ。
統一性なく、質もピンキリなんで評価しにくい、というのはあります。
おおむねファン向けですかね。


聖凡人伝
1971年初出

作者の偉大なるマンネリズム、四畳半もの。
大四畳半大物語とほとんど何も変わりません。
隣のマンションに美人のオーナーがいて主人公に好意的であるとか、セックスコンサルタントのオヤジが隣の部屋にいるとか、設定上の違いは若干ありますが、薄汚くて明日が見えず酒池肉林なのはほぼ同じ。
個人的には美人で金持ちのマンションオーナーが主人公と同じ目線に立って物事を判断し、しかも肌を合わせるなんてことが恒常的にあるはずがない、と思えるので、大四畳半大物語ほど楽しめませんでした。
そのありえなさこそが貧乏男子の夢じゃないか、と怒られるかもしれませんが。
そもそもが必殺のワンパターンではあるので、まあ、ファン向き、四畳半もの好きのためのシリーズ、と言えると思います。
奇想天外社倒産後、小学館文庫で復刊。


男おいどん
1971年初出

作者の名をメジャーにした出世作であり、怒濤のマンネリズム四畳半ものの代表格。
しかしこれが少年マガジン掲載って、凄いなあ、と思います。
どう考えても少年読者が押入のパンツの山とサルマタケにシンパシーは感じないだろうって思うんですが、70年代のマガジンは相当攻めてましたからねえ。
並みいる連載陣の中ではまだ気楽に読める方、だったのかもしれません。
この頃同時に連載されていた大四畳半大物語や聖凡人伝と内容はほとんど何も変わらないのですが、さすがに一応は少年誌と言うこともあってか、お得意の、意味もなくベッドシーンで展開に困ったら酒飲ませとけってのが封印されてて、その分主人公のもてなくて貧乏で地位もなく無芸であることの苦悩が浮き彫りとなっており、なにかと痛々しい、ってのはあります。
事あるごとに蔑視の視線を浴び差別されて「畜生、いつかみていろ俺だって」とおいどんはパンツの山に埋もれて寝ながら泣くんですね。
いったいどんなに不遇で辛い青春時代を送ったんだ松本零士、と。
大四畳半大物語や聖凡人伝のような突き抜けたデタラメさ、野放図なばかばかしさがないので、正面からおいどんの苦悩と怨念に向き合うしかなく、読んでてひどく疲れる、ってのはありました。
そもそもですね、何をしたいのか全くわからず仕事も続かないその日暮らしの若者を肯定してやろうにも肯定の材料がない、って話であって。
ただ負けん気だけが強く、モラトリアムで、むき出しの若さだけが際立つ貧乏暮らし四畳半もの、って青春の断面ではあるんでしょうけど、ひたすらダウナーな息苦しさが私はちょっと好きになれなかった。
まあでもヒットしたんだからニーズはあった、ってことなんでしょうけど。
若い頃、似たような生活してたんで同属嫌悪みたいなものかもしれません、ひょっとしたら。


思春期100万年
1972年初出

何故か眠ってしまうと前世や来世の記憶をたぐる奇病にとりつかれてしまった主人公のSFファンタジー。
おそらくここからミライザーバンへつながっていったのではないか、と思うんですが、本書の段階では脈絡もなく断片的に妄想めいたシーンが毎回繰り広げられるだけ。
それが何か意味を持つわけでなく、最後に収束するわけでもなし。
非常に評価しにくい、と言うのはありますね。
イマジネーションの広がりを楽む、と言う部分で興味深く感じられる人向け、とでもいえばいいでしょうか。
あまり広くはオススメできない感じですね。


大不倫伝
1972年初出

え、また四畳半もの?と一瞬警戒しそうになるんですが、実は似て別物でおなじみトチローとほとんどキャラのかぶる好川ウタマロなる眼鏡のマントを主人公に据えた異色作が本作。
さえないブ男ながら股間にとてつもない大砲をぶら下げている主人公は、依頼を受けて女と寝るのを生業としていて、そこに生まれる様々な男女のドラマを一話完結連作形式で掲載。
何故か主人公は蛍という妹を連れていて、蛍の養育のためにあえてこういう仕事に手を染めているフシがあるんですが、そのあたりの謎は一切明かされず。
とりあえず何も知らずにチャーハンばっかり食いたがる蛍(実は全部知ってそうだが)がやたらかわいいです。
また常に旅の中に身を置く兄妹に、なんだか妙に心揺さぶられるものがあったりもする。
相変わらず女性キャラはワンパターンな性格で、各話共に松本ファンならオチの予測のつく内容であるんですが、私はなんだかこの作品、好きですね。
このプロットで変にやさぐれないのは作者だからこそだと思います。
独特の雰囲気がある一作。


ガンフロンティア
1972年初出

松本漫画スターシステムにおいて重要なキャラの1人であるトチローがハーロックと絡む作品って、実は本作しかなかったりします。
「宇宙海賊キャプテンハーロック」においてはトチローはすでにアルカディア号の一部になっていたわけですし。
もちろん物語の設定や舞台は全然違うんですが、キャラの性格はほぼ変わってません。
そういう意味では貴重な作品かも。
異色の西部劇であり、同胞を捜して西部をさまよう日本人トチローのルーツを探る旅を描いた一作なんですが、若干四畳半もの的なナンセンスさが目につきはするものの、これがなかなかよくできてるんですね。
シヌノラという敵スパイとおぼしき女も呉越同舟とし、拳銃が絶対的な力である世界で日本刀を振るい、次々とガンマンをぶった切っていくというストーリーは単純に爽快。
拳銃VS日本刀というアイディアも石川五右衛門の斬鉄剣のように荒唐無稽になりすぎず、アクションとして新しい絵だったように思います。
テーマ的には「大草原の小さな四畳半」にもリンクし、あやうくそのマンネリズムも頂戴しかけたんですが、ギリギリのところで回避してきちんとエンディングを結んだのは作者にしては快挙だったと思う。
後年のハーロック、トチロー、エメラルダスの着地点が見えない関係性より、適度にゆるいが破綻せず完結した本作の方が私はなんだか好きですね。
特にラストのトチローの決断は感慨深かった。
むき出しな生身のハーロックとトチローに出会える稀有な一冊。


ひるあんどん
1973年初出

サラリーマン主人公で四畳半ものを、という事なんでしょうが、過去の類似作のトレードマークであった「無職赤貧の明日なきでたらめさ」が軽減された分、印象に残るものもあまりない、といわざるをえないですかね。
後に発表された「出戻社員伝」と質感は近い。
まあその、お得意のマンネリズムで必殺のワンパターン、少しだけ亜種、ってところですかね。
社会人の共感を得るものを、みたいな編集部の縛りがあったのかもしれませんね。
熱心なマニア向きですね。


近眼人類詩集
1973~初出

近眼を主題に様々なエピソードをSF風、青春ドラマ風、ウエスタン風、等々綴った連作集。
たあいないとしか言いようのない内容。
近眼でストーリーはふくらまないですよ、やはりどうしたって。
いわゆる自分で無茶振りして自滅したパターンか、と。
当時の高3コース掲載作品。
風化荘博物記、化石女、赤い霧のローレライ、シンバ、併録。
表題作も含め、これといったものは見当たらない一冊ですね。


戦場まんがシリーズ
1973年初出

こういう作品が少年サンデーに載っていたというのだからすごい時代もあったものです。
少年どころか、大人でも好事家しか好まぬ内容のシリーズなのでは、と思うんですが、さてどうなんでしょうか。
で、私の場合、好事家は好事家でもSFやホラーの好事家なわけでして、大戦中の戦場とか戦闘機とか戦車とか銃とか、もう、まるで興味がわかないんですね。
結局戦争という不条理に人生を狂わされた男達の、はかなくも戦場にその命を散らしてしまったロマンチシズムであったり、自己犠牲のストイシズムなんかを描きたいと言うことなんだと思うんですが、それを物語として私は楽しめない。
別に思想的に云々というわけではなく、想像力を刺激されないんですね。
楽しみ方がわからない、というか。
他にも作者は同じ傾向の作品「ザコクピット」「ハードメタル」「ケースハード」等のシリーズを後に発表してますが、私は全部ダメ。
個人的に松本零士のお家芸でありながら、私にとっての鬼門がこの「戦場もの」ですね。
ファンだったので一通り目を通してはいますが、好きになれません。
もうこりゃ好みなんでどうしようもない。
面目ない。


蛍の宿
1974年初出

男おいどんin明治時代。
偉大なるマンネリズムもさすがに変化を求められたか、今回は時代を変えて大四畳半ものです。
しかしながらやってることはいつもと同じで、長屋でドタバタと酒池肉林。
時代が変わろうが舞台が変わろうがもー、一切関係なし。
ここまでくると「ずっとそのままでいてください・・」と、生暖かい目で見守るしかないですね。
明治時代のおいどんを読んでみたい、と言う人のためだけの1冊。
変り種っちゃー変り種ですかね。


不滅のアレグレット
1974年初出

今はなきFMレコパル誌上に連載されたクラシック音楽の世界に生きる偉人、有名人を一話完結漫画形式で紹介する企画もの。
原案に三浦潤という方が協力されているので、純粋に松本零士の創作とは言い難いかもしれませんが、出てくるキャラやストーリーの進め方は作者以外のなにものでもないといった印象。
ただ本作、クラシック音楽に興味のない人にとってはどうにも楽しめないってのはさすがにあります。
私も同様で、フントベングラーとかシャルルミュンシュとか言われても全く誰のことかわからん。
クラシック音楽好きで松本零士ファンと言う方がおられたらまさにストライクだとは思いますが、それがどれぐらいの数になるのか、想像もつきません。
ただ、クラシック音楽に造詣の深い作者の筆はいつも以上に饒舌であるような気もします。
ニッチではありますが、ファンとしては興味深い一冊なのではないでしょうか。
余談ですが、小学館から発売されていた当時のシリーズは1冊ごとに別の漫画家にバトンタッチしてます。


蛍の泣く島
1974~年初出

<収録短編>
蛍の泣く島
聖女に白い血
皮の影159
さらばロマンの時よ
下宿偉人伝
聖サルマタ伝
雨月物語
秘本絵師 無芸
サケザン

SFにとらわれずバラエティ豊かな作品を収録した短編集。
主に朝日ソノラマから出版されている短編集といくつか収録作品が重複してますが、大都社もふくめ、現在では軒並み倒産しているので今となってはどうでもいいことですかね。
比較的どの短編も読み応えあり。
手当たり次第無造作に収録しました、と言うのではなく、きちんと厳選されているように感じます。
作者が刑事ものに挑んだ「皮の影159」や表題作「蛍の泣く島」等、思いのほか質は高い。
松本零士は長編作家、と思ってる人がいたらこの単行本をオススメする次第。
少し印象が変わるかも知れません。
短編ベスト選集、と言っていいんじゃないでしょうか。


出戻社員伝
1974年初出

作者永遠のマンネリズム、四畳半もの。
体何作描けば気が済むのか、のレベルだったりしますが、ニーズがあったってことなんでしょうねえ・・・。
他の四畳半ものとの差異は、今回は主人公が広告会社に勤務している、と言う点。
かといってモーレツサラリーマン奮戦記になるはずもなく、会社自体もなにかと怪しかったりして、全くもっていつもどおり。
ひるあんどんと同系列ですかね。
お好きな方向きの一冊。
併録の「エロビンフッドの冒険」が作者には珍しくナンセンスコメディで滅茶苦茶やってて楽しいです。

<2ページ目へ続く>

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