2020 日本
監督 黒沢清
脚本 黒沢清、濱口竜介、野原位

不備というか落ち度がないわけではないが、それ以上にエンディングが凄烈
戦禍の足音が近づきつつある1940年日本、満州にて偶然にも関東軍の非道な人体実験を知ってしまった貿易商の福原優作とその妻聡子の、激動の人生を追った人間ドラマ。
もともとNHKBSで放映されていたドラマシリーズを、映画用に加工、2時間に編集したものらしいです。
えー私が鈍いだけなのかもしれませんけどね、言われなきゃテレビドラマの編集版だと気づかない仕上がりではありましたね。
とにかく、映像がやたら綺麗。
調べてみたら8Kスーパーハイビジョン撮影なんだとか。
なんかよくわからんが多分、お金かかってるってことなんでしょう。
特に感心したのは、これひょっとして町ごと全部作ったのか?と思えるほどにリアルな昭和初期の街並みであり小道具の数々。
「作り物」っぽさがまったくないんですよ。
たいていこういうのって、いくつか「おもちゃみたい」と思えるものがあったりするんですけど、それが全く無いんですよね。
いったいどれほどデティールにこだわればこれだけのものをフィルムに納めることができるんだ、とほとほと感服。
当時の風俗や文化を加味してか、登場人物の台詞回しや所作に徹底してこだわってるのも伝わってくる。
中途半端に今っぽい言葉遣いや態度で「観客におもねる」ような真似をしてないんですね。
ああ、こりゃちゃんと見なきゃいけない、と開始30分ぐらいで襟元を正す。
物語が急に動き出すのは1時間ぐらいが経過してから。
なんだなんだいったいどうした、ってな按配で聡子が豹変。
ある出来事をきっかけとして、旦那を恨みがましく糾弾しだすんですよね。
え、ひょっとしてこの人って、すげえ天然で、ちょっと痛い人なのか?とイラッとする。
なのに、だ。
次の場面では「あなたのお手伝いをします」といきなり夫へ従順に、優作の横紙破りに協力を申し出る始末。
いったい行間でなにがあったんだ?と混乱。
つまるところ、聡子の突然の心変わりをもっともらしく描けてないんですよね。
おかげで以降のストーリー進行を「ひょっとしてなにか裏があるのか?」と勘ぐる羽目に。
想像するに、優作への愛が疑念に打ち勝った、ってことなんでしょうけど、匂わせるシーンすらないものだから聡子へ急に血が通わなくなったような印象を抱いてしまうんです。
ひょっとしたらドラマ版ではきちんと描かれていて、映画化する際に編集でしくじった、ってことなのかも知れないですけど。
この時点で「あーこれはもう駄目かもなあ」と思ったりも。
なんか集中できなくなっちゃってね。
あんなに丁寧な作劇でここまできたのに一体どうしちゃんだ?といぶかしむほどに片手落ち。
ところが、だ。
終盤に驚きの展開を黒沢監督は用意してて。
前述した聡子という女性がよくわからない点を勘定に入れたとしても、こんな風に物語をひっくり返していくのか、とびっくり。
終盤の、泰治に詰問されるシーンからラストまで、なんだなんだこれホラーなのかよ、と言いたくなるような狂気漂う場面が連続します。
格別私が鳥肌だったのは、焼け野原に1人佇む聡子の絵面。
炎に包まれ瓦解していく世界を尻目に、逃げ惑うわけでもなく立ちはだかる聡子の姿は、なんだか身の内のとんでもない闇を火にくべているようにさえ見えた。
蒼井優はすごい演技を見せつけた、と言っていいでしょう。
黒沢清が表現しようとしたものに、見事答えていたと思いますね。
私は長年の監督のファンだから贔屓目に見ちゃってるのかも知れないですけど、このエンディングを作り上げただけで充分に及第点。
文句なし、とは言わないですが、ヴェネチア銀獅子賞も納得の一作でしたね。
監督の美意識がつまった一作だと思います、黒沢清を知らない人は是非。
ねじレート 86/100