関心領域

2023 アメリカ/イギリス/ポーランド
監督、脚本 ジョナサン・グレイザー

アウシュビッツ収容所と壁1枚を隔てた隣の敷地で暮らす、ルドルフ・ヘス収容所所長一家を描いたホロコースト・ムービー。

まずはこの手の戦争犯罪を題材にした映画で、よくぞこんなシチュエーションを思いついたな、と感心したんですが、よくよく調べてみたら実際に収容所の隣で暮らしてた家族は存在したらしく、映画はそれを収容所所長家族に改変しただけ、だとか。

実話ベースだったのかよ、二重にびっくりだわ。

どういう立場の人が収容所の隣に住んでたのかわかりませんが、ま、間違いなく当時のナチスドイツにおいて高い身分にある人間だったことは間違いないでしょうね。

一市民が居住するには色々問題がありそうだし、なにより普通の神経じゃ無理って話。

そういう意味では収容所所長家族のドラマで至極妥当だった気がします。

限りなく現実に近い、いやむしろ現実以上に現実っぽい絵が浮かび上がってたように思いますね。

とにかくもうね、冒頭から恐ろしく挑戦的ですからね、この映画。

なんせ映画が始まって約3分、画面がずっと暗いままなにも映さないんですから。

予備知識がなかったもんだからあたしゃ真剣にプレイヤーの故障を疑った。

映像の端子だけ、いかれちゃったか、と(よく考えたら今はHDMIケーブルだから映像だけとかありえんわけだけど)。

なんか遠くのほうで合唱みたいなのが聞こえるんだけど、まさかそれが音に注目させるための演出だとは考えもしなかったわけで。

というかね、仕掛けだったとしてもですよ、3分は長すぎるだろ、と正直思いますけどね。

真っ暗な画面にそれほど人間は集中できんぞ、と。

その後、ようやく画面が明るくなってきたか、と思いきや、今度は全くお話が進まない

一家のとりとめもなく、他愛のない日常が延々描写されるだけ。

私はジョナサン・グレイザーのアンダー・ザ・スキン(2013)を高く評価してたんで、本作に対する期待も並々ならぬものがあったんですが、序盤数十分で早くも挫けそうになってたりもして。

それが一瞬でひっくり返ったのは、ヘス所長の自宅にカメラが切り替わった瞬間。

おいちょっと待て、収容所の隣って触れ込みだったけど、これ隣どころか壁1枚隔てただけやんか、と驚愕。

穏やかに談笑する一家を尻目に、収容所の方からは悲鳴や重機の音、銃声がひっきりなしに聞こえてくるばかりか、時々黒煙が立ち上ったりもしてる。

言うなれば本編を彩る劇伴みたいなもんなんですけどね、これほど耳を奪われ、神経を逆なでする劇伴がこれまであっただろうか、と腰砕け。

絵面がね、音声込みで狂気でしかないんですよ。

頭おかしいのか、神経病んでるのかどっちだ、この一家?と正気を疑うレベルで泰然としてやがるもんだから。

しかも奥さんに至っては、この場所を探し求めてた楽園とまで言い放つ始末ですから。

ヘス所長に移動の話が持ち上がったとき「あなた一人で行ってきて、私と家族はここに残る」と宣言。

いやいや食肉の屠殺所じゃないんだよ(屠殺所でも辛いわ)?人間がとなりでバンバン死んでるんだよ?えっ、なに、なんかフィルターかかってんの?どういうバイアス?とあっけにとられましたね、私は。

人間というのは立場の違いでここまで無神経になれるもんなのだろうか、と。

ひとつ考えられるのは、どこかで思考停止してしまってる、ということ。

ユダヤ人を同じ人として見てないんですね。

あれはああいうもの、と理解することを放棄、感情をシャットダウンしてしまえばそれが日常になったとしても支障はないのか、と。

我々の毎日でもね、スケールやケースは違いますけど、似たようなことはあると思うんです。

ある特定の立場や職業にある人間を卑下、小馬鹿にして、それになんの罪悪感も疑問も感じない連中って、一定数、世の中に存在しますからね。

こっちが「そういう態度はやめろ!」といさめても、「えっ、なんで?」と心底不思議な顔しますからね、あいつら。

多分、隣の部屋でくたばってても、めんどくさそうに管理会社(119じゃないのがミソ)へ連絡するだけだと思うんですよ、あの手合いって。

つまりはこの作品、アウシュビッツ収容所を題材としておきながら、実は現代にも通ずるテーマである「自分がなにかしたところで何も変わりそうにない事例への無関心」が物語のコンセプトとなっているように思うんです。

あなたの無関心は、時代背景が違えばこんな按配で人でなしだ、と監督は訴えてる気がしますね。

確かに衝撃作。

絵と音響だけで全部伝えきったあたり、これぞ映画でこその表現だ、と感服。

ただ、物語自体に大きな起伏はない上、どういう意味なのかわからないシークエンス(急にモノクロになったり)がいくつかあるんで、見る人を選ぶように思います。

あれこれ深堀りしたり、想像を巡らせるのが好きな人はうってつけかと。

近年ではサウルの息子(2015)と並んで切り口の斬新な一作でしょうね。

ねじレート 82/100

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