2023 フランス
監督 ステファン・カスタン
脚本 マチュー・ナールト、ドミニク・ボーマール、ステファン・カスタン
シチュエーションスリラーかと思いきや、意外な場所に着地するジャンル不問な秀作
恨みを買ったわけでも、怒らせたわけでもないのに、単に目があっただけで見ず知らずの他人から襲われる主人公ヴィンセントの逃亡生活を描いた不条理劇。
あー、またこのパターンか、と最初は思ったんですよ。
いわゆるシチュエーション・スリラーというか、ワンアイディアで最後まで押し切るタイプ。
最近で言うならバード・ボックス(2018)とかクワイエット・プレイス(2018)あたりがそうですよね。
もーほんと、ひとつ当たると次々に真似するやつが出てくるんだから・・と見てて脱力だったことは確か。
しかも目が合うと襲いかかってくる、って血気盛んな田舎のヤンキーかよ、って。
いや、獰猛な野生動物をイメージしてるのかな?
どちらにせよ、蛇女メデューサにも似て安いオカルトファンタジーに片足つっこんでないか?と私は思ったりした。
設定が条件反射すぎるだろ、って。
これは話が広がらんぞ、どう考えても・・・と思ってたんだけど、意外にもですね、物語は中盤ぐらいから予想外の方向に進んでいく。
ヴィンセントの特性を知ったうえで、彼を受け入れる女性が登場するんですよね。
もちろん彼女も例外ではないですから、ヴィンセントに見つめられると凶暴化して我を失うんですが、お互いが「それでも構わない」といっしょに過ごすようになるんです。
あれ、これってひょっとすると、見つめられると凶暴化する、というのは法則ではなく、何かを暗示してるのでは、と考えたりもしたんですが、ゆっくり考えをまとめる余裕もないままストーリーはどんどん過激化していって、世界中でヴィンセントのように「他人を狂わせる」人間が続出しだします。
終盤なんて「なんのゾンビ映画なんだよ、これは」と言いたくなるほど世界は荒廃していって。
挙げ句には、彼女自身にも「他人を狂わせる」属性が発現する。
もちろんそれは、当事者であるヴィンセントも例外ではない。
正直、ちょっと焦りましたね、私は。
このままバッドエンドは勘弁して、と思った。
流れ的に、真相解明よりも二人の関係性の変化に焦点が当てられてる感じだったから。
他人と目を合わせることができなくなって、散々苦労したヴィンセントが彼女に出会ってやっと落ち着けたのに、再度貶めるのはやめてくれ、と。
そしたらだ。
物語は私の安直な想像を軽く跨ぎ越してきた。
これね、言葉では一切説明しないんですよ。
見たままがすべて。
終わってみれば、シチュエーション・スリラーどころか愛の物語だった。
「私達は意識する、しないに関わらず、他者をひどく傷つけているかもしれない、だから許し合いましょう、ひどく血を流すこともあるかもしれないけど、それ以上に愛し合うことがきっとできるはず」と作品は語りかけます。
年甲斐もなくちょっと感動した。
偏見かもしれないけどさすがフランス映画、と思いましたね。
愛を語らせたら他の追随を許さず。
凡百の柳の下にドジョウな作品たちとは違って、着地点が独特な秀作だと思います。
私はこの映画、かなり好き。
なんだか気持ちがきゅっとなった映画でしたね。
つーか、オッサンがきゅっ、とか言うな。
ねじレート 89/100