2023 日本
監督、脚本 宮崎駿
監督の年齢を考えるなら奇跡的大作といっていいのかもしれない
うーん、タイトルが良くない、とまず最初に思いましたね。
吉野源三郎の著書と同タイトルながらも、映画の内容と著作は全く関係ない、って、なんじゃそれ、と。
作中で主人公が著書を読むシーンが出てきますけどね、それが物語になにか影響を及ぼしている風でもなかったですし。
宮崎駿が少年の頃読んで感銘を受けた、というエピソードは後から知りましたが、だからといってそれをそのまま作品タイトルにしちゃダメだろ、って。
監督をいさめる人が誰も居なかったんでしょうね、きっと。
仕事の良きパートナーであった高畑勲さんが身罷られて久しいですし、ジブリの制作部門は2014年に解体してますしね。
なんのひねりもないですけどね、この内容なら「アオサギと少年の不思議な冒険旅行」みたいな感じの方がはるかにキャッチーで伝わるものも多いように思うんですけどね、ま、なにかこだわりがあったんでしょうね、誰にもわからない部分で。
実質、やってることは「千と千尋の神隠し(2001)」とそう変わらなく見えた、としても、だ。
どうなんですかね、私は主人公を男の子に変えてリブートしたのかな、と思ったんですけどね。
エッセンスとして、宮崎監督の自叙伝的要素と、戦中という時代背景、死生観みたいなものが加わっただけ。
少し毛色が違いますが、ダンテの地獄巡りをふいに思い出したり。
いや、別に地獄巡ってるわけじゃないんですけどね。
描かれてるのは、この世でもあの世でもない間(はざま)。
今風に言うなら「異世界」でもいいと思う。
生まれる前の命がわらわら群れてたり(だからワラワラと命名されてるのか!と今気づいたが、自信はない。ていうかめちゃめちゃかわいいワラワラ。O次郎みたいだけど)時間の流れ方がおかしかったり空間がゆがんでたりで、さしずめ三途の川の岸辺ってな印象(まだ渡ってない)。
で、間(はざま)においては色んな生き物?が跋扈してるわけですよ。
ペリカンがいたり、二足歩行のインコがいたり。
間の世界にはなにか法則がありそうなんですが、それが部外者にはなかなか分かりづらかったりもして、芳醇なイマジネーションだけがおかしなキャラを巻き込んでぐいぐい広がっていくんですが、そんな進行もどこか「千と千尋」に似てるなあ、って。
なんとなくですけどね、宮崎監督は、そう遠くない自分の没後を夢想したのかな、という気もしましたね。
そう考えるなら集大成、と言っていいのかもしれない。
正直いうと、老いたなあ、と思う部分もいくつかあったんです。
80歳超えてよくぞここまで想像の翼をはためかせたな、と思う反面、やはり全盛期に比べると「この世でもあの世でもない世界」を独創的かつ表現力豊かに描いた、とは言い難い。
これは自分で作画してない影響もあったのかもしれませんけど。
どことなくね、モノクロなんですよね。
これはもちろん実際にモノクロって意味じゃなくて。
地味、というとちょっと違うんですが、なんだかどこか手垢な既製品を寄せ集めて造形したような印象が残る。
千と千尋のカオナシみたいなのや、水面を滑るように走る海原電鉄の非現実と現実が入り混じったかのような蠱惑的奇妙さがない。
いや、そこを糾弾するのはあまりにも酷すぎるだろ、って話なのかもしれませんが。
私を含めて日本人はジブリと宮崎監督を神格化しすぎてるのかもしれません。
これがもし新人監督の仕事だったなら、お釣りがでるぐらい上出来と言って良いでしょうし、本来なら撮られるはずもなかった作品ですしね(風立ちぬ(2013)で引退宣言)。
この映画が監督最後の仕事になる可能性も高いと思うんで、まずはきちんと公開されたことに感謝し、つまらぬ揚げ足取りはやめてじっくり楽しむ、が正しい鑑賞作法かもしれませんね。
監督の、かつての冒険ものに心躍った諸氏を裏切るような内容でないことだけは確かです。
実はポニョぐらいから全く宮崎作品を見てなかったんですけど、改めて見直してみようかな、という気にさせられた作品ではありましたね。
余談ですが、今回、背景が水彩画のようなタッチだったんですけど、以前は違ったよね?どうだっけ?
ねじレート 85/100