2023 イギリス/スペイン
監督 ガイ・リッチー
脚本 ガイ・リッチー、アイバン・アトキンソン、マーン・デイビス
実話とは思えぬ出来事を、実話以上に実話らしく描いた傑作
タリバンの武器弾薬庫を摘発する米軍部隊の曹長と、現地人通訳の奇妙な絆を描いた戦争映画。
とりあえずこの映画が実話ベースってのに驚きですね。
本当にこんなことを実際にやったアフガン人が居たのか、と。
予告編や作品紹介でネタバレしてるんで、もう書いてしまいますけど傷つき、意識を失った曹長を時には馬で、時には馬車で、徘徊する敵の目を欺きながら100キロ一人で運んだ、って、お前はどこのランボーなんだ、って話で。
とても人間業とは思えない。
しかもね、曹長とアフガン人通訳の間に、熱い友情があった、ってわけじゃないんですよ。
むしろ曹長は独断専行気味で命令に従わない通訳を少し疎ましく思っていて、冷たく叱ったりしてた。
通訳は曹長を助けなきゃならん義理とか、1ミリもないんですよね。
そもそもが金で雇われた間柄だから。
ましてや曹長はアメリカ人で、自分はアフガン人。
アフガニスタンに、銃を片手に土足で踏み入るアメリカ人共へ協力する通訳のことを、現地の仲間は良く思ってない。
そんな状況下で、死にかけてる曹長とか、もうお荷物でしかないんで、危地においてはその場で捨てていくのが正しい判断でしょう。
なのに通訳は危険を犯して曹長を運ぶ。
考えられるのは、アメリカへ移住するためのビザを発給されることが仕事後の報酬になっていたので、「死なれてしまってはビザの件がうやむやになってしまう」と危機感に囚われたか、もしくは「一人だけ帰還しては米軍から関与を疑われてしまう」とでも思ったかのどちらかなんですが、本人全く話さないんで真相はわかりません。
とにかくとんでもない地獄の道行きの一言。
だって宿はないわ、食料を携帯してるわけでもないわ、で。
人間、打算だけでここまで出来るものなんだろうか?と思えてくるほどに過酷。
どうして命懸けでそこまでやったのか、もう少しヒントが欲しかったところですが、物語は必要以上のことを全く語ってくれません。
で、この映画の見所は後半の展開でして。
アフガン人通訳のおかげで命を救われた曹長が、アメリカの自宅で療養中に、命の恩人がタリバンに狙われていることを知る。
多分、助けられるのは自分だけ。
とはいえ、たかが通訳のためにアメリカ軍の部隊は動かせない。
行くとしたら単身、敵地に乗り込まなきゃならない。
ここからの、曹長演じるジェイク・ギレンホールの演技は圧巻の一言でしたね。
キレ芸といっちゃあ可哀想だけど、ジェイク十八番のクレイジーさが連鎖誘爆。
そもそもね、通訳、別に友達でも仲間でもないわけだ。
本来なら助けなきゃいけない義理はない。
あるのは一方的に背負わされた大きな借りだけで。
「あいつはおれに巨大な呪いをかけた!」と絶叫する曹長のセリフ回しにはちょっと感心でしたね。
そうだよなあ、ある意味「呪い」だよなあ、って。
命懸けで100キロも運ばれた日にゃあ、どんな極悪人だったとしても大なり小なり罪悪感を抱かざるをえない、というもの。
そこまで通訳が計算していたのかどうかはわかりませんけどね。
いや正直ね、ガイ・リッチーに戦争映画とか撮れるのか?と思ってたんですよ、だって犯罪映画やスパイアクションとかを撮ってきた人だからさ。
いや、見くびってました。
もうね、熟練の技ですよ。
余計な演出、過剰な煽りを排除し、事実だけを淡々と伝え、それでいて要点はきっちり抑えて出し惜しみをしない。
なんだこの押し引きのうまさは、と。
終盤の作劇なんて見事の一言。
あえて話さない演出が、恐ろしい雄弁さで現実を伝えてくる。
そうだよなあ、ここで急に仲良しになっちゃうのも嘘だもんなあ、とつくづく納得。
戦場を舞台にした映画ってね、変に正義をふりかざしたり、思想が色濃かったりで私はあんまり好きじゃないんですけど、この作品に関しては実話の持つ力を過不足なく劇的に映像化しているな、と思いましたね。
ガイ・リッチー、もう巨匠だな、こんなのまでできてしまうとなると。
2023年度の収穫といっていい一作じゃないでしょうか、いや、面白かった。
ねじレート 90/100