瞳をとじて

2023 スペイン
監督 ビクトル・エリセ
脚本 ビクトル・エリセ、ミシェル・ガスタンビデ

映画の撮影途中で突如失踪し、行方不明となった俳優を、その後22年経過してから探すことになる、老いた映画監督を描いた人間ドラマ。

思わず「えっ!」っと声が漏れたのは、ティザービジュアルにビクトル・エリセの文字を見たときのこと。

名画「ミツバチのささやき(1973)」の監督じゃねえかよ!

いや、びっくりした、マジでびっくりした。

まさかエリセの新作に、生きてるうちに出会えるとは。

てっきり業界から引退なさったもの、と思ってた。

だって前作から31年ですよ。

もう一度映画を作ろう、という気力が残っていただけでもすごいことだと思いますね、だってもう80歳超えてるしね、エリセ。

でもって同時に、80歳超えてる、ってのが懸念材料だったりはしたんですけどね。

どっちかというとアーティスティックな作風の監督でしたしね、30年前とは似ても似つかぬ凡作ひっさげて話題性だけでフィルムの無駄遣いだったらどうしよう・・・って。

天才と呼ばれた人の晩節を汚すことになりゃせんか、と。

えー、全くもって余計な心配でございました。

老いてなお壮健でございました、ビクトル・エリセ。

さすがにね、若い頃のように豊かなイマジネーションを伴う芸術性で勝負、ってな風にはいかなかったよう(あえてしなかった?)ですが、その分物語に厚みがあり、シナリオ構成がしっかりしてて。

変な言い方ですが、真正面から映画、って感じ。

全く脇見していない。

私なんざ「これ、ビクトル・エリセ版ニュー・シネマ・パラダイス(1989)じゃないか!」などと思ったりもした。

ストーリーが似てる、ってわけじゃないんですけどね、古き良き映画に対する愛情が物語の端々からこぼれ落ちてくるようで、どこか同じ匂いがするんですよね。

そう考えると、主人公である老いた映画監督が、エリセ本人にしか見えなくなってくる。

実は自叙伝に近かったりするのか、この映画?などと考え出すと、彼が映画界に不在だった30年間を振り返ってるようにしか思えなくなってきて。

描かれているのは、デジタル化に伴って失われていく古いフィルムの価値であり、デジタル以前に映像作家として活躍した主人公監督の残したものに、なにか意味があったのか?という問いかけ。

まあ、厭世的というかシニカルではあるんですけどね、それゆえ強い郷愁を感じさせる部分もあって。

スペインの古い映画なんて全然知らない私ではありますが、それでも老いた映画人たちの会話を追っていると、なんだか胸いっぱいになってきたり。

極めつけは終盤の展開。

ようやく見つけ出した消えた俳優が、主人公たちの想像していた状況とは全く違う境遇にあることを知ります。

エンディング間近、主人公の映画が映写機にかけられる。

全く無意味だった、なんてことはないんだ、無価値なものなんてないんだ、と劇中劇は語りかけます。

そして、ラスト、うわ、この場面で切るか、と私は唸った。

さすがはビクトル・エリセの一言ですね、感性がね、鈍麻してない。

感動乞食まがいの無粋なことはやらない。

80歳を超えた監督がメガホンを握ったとは思えぬ、瑞々しい一作だったと思いますね。

集中してじっくり観れば、ところどころに往年の監督らしさが透けて見えるのも嬉しい感じ。

美しい映画ですね、比喩が的確かどうか自信ないけど、私はそう思った。

ひょっとしたらミツバチのささやきより見やすいかもしれないんで、監督のこと知らない方も是非。

余談ですが、劇中劇すら本編並みに面白そうで恐れ入った。

ねじレート 89/100

タイトルとURLをコピーしました