市子

2023 日本
監督 戸田彬弘
脚本 戸田彬弘、上村奈帆

戸田監督が主催する劇団の旗揚げ公演でお披露目となった「川辺市子のために」を、自らの手で映像化した作品。

簡単にあらすじ説明するなら、ある日突然、同棲していた恋人の元から失踪してしまった主人公市子を追う人間ドラマですかね。

なんせ主人公、ほとんど着の身着のままで消えちゃったもんだから、恋人である長谷川は気が気じゃない。

事件に巻き込まれた可能性を考えて、残された少ない所持品から市子の行方をさぐるんですが、それは同時に市子の過去を知る旅でもあって。

市子の生い立ちを調べていくうちに、どうにも不可解な点、辻褄の合わない部分がつまびらかになってゆく。

自分の知っている市子とは一体何者だったのか?

なぜ彼女は突然、失踪しなければならなかったのか?

過去と現在を行き来する構成で、徐々に真相が明らかになっていくんですが、いやもーこれがねえ。

最初は最近見たある男(2022)に似てるな、と思ったりもしたんですが、まるで別物とまでは言えないにせよ、あまりに重くて救いがなくて

至極シンプルに言ってしまうなら、いわゆる親ガチャの失敗なのは間違いない。

間違いないんだけど、ある男(2022)のように親が完全に一線超えてる異常者というんじゃなくて、市子の場合、親も親なりにどうしようもなかった部分もある、ってのがこの物語の息苦しさで。

頭が悪すぎるがゆえの判断ミスや選択ミスはいくつかありますよ、でもこんなのもう神様にしか助けられないじゃねえかよ・・・と私は思った。

たかだか10代の女の子が背負うには、あまりに大きすぎる困難が産まれたときから傍にあって、それをないものとして人生を送る選択が存在しないんです。

誰も助けてくれない。

それどころかつけこむ男までいたりする。

人道主義とかヒューマニズムって、なんなんだろう、と思ったりしましたね。

救えないものを救わないことも逆に救済なのでは、という気さえしてくる。

で、市子が高校生の時にある事件が起こるんですが、その時母親が発した一言が市子の一家の窮状、そのすべてを表していて、もー涙目。

あたしゃ、鳥肌が立った。

このセリフを、このタイミングで吐かせるのか、と。

甘やかで空恐ろしいとはまさにこのこと。

結果、このセリフが市子にある種の正当性、免罪符をあたえることとなる。

最後まで見るとわかるんですけどね、この物語って、喪失したアイデンティティは高い外圧によって禁忌を問わぬ罪人となる、と語りかけているように思うんです。

本人に強い罪悪感はない。

だからといってサイコパスなわけでも壊れているわけでもない。

そうしないと生きていけなかったから、そうしただけ、ただ普通になりたかっただけ。

それを我々は法の名のもとに裁いていいのか?

また、この一連の事件を異常者のやったことだから、と切り捨ててしまっていいのか?

すさまじい脚本、の一言ですね。

つっこむ隙なし、一切の光が差さぬ暗がりを覗き込んだような気分になる重量級のサスペンス、といってもいいでしょう。

エンディングも痛切。

おそらく新たな戸籍を手に入れたし、これでやり直せる!とでも考えてるんだろうな、と私は思った。

劇伴?がもう、狂気以外のなにものでもなくて。

ちなみに胸糞映画ではないんで。

ただごまかしがなく、容赦がないだけ。

杉咲花の強烈な演技も必見。

真に迫りすぎてて怖くなってくるほど。

とりあえず、コンディションを整えてご覧になってください、とだけ。

ねじレート 85/100

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