2009年初出 白井弓子
小学館IKKIコミックス 全5巻

漂流の末、地球外の天体である碧王星にたどり着き、居住可能なまでにテラフォーミングを施した1次移民と、一方的に正当な移民であることを主張し、碧王星を統治しようとする2次移民の間で勃発した20年戦争を描くSF巨編。
なんかもう富野由悠季かよ!と言いたくなるほど本格的で、愛憎渦巻く戦時下の人間模様の描写に、まずは脱帽。
こういう事ができる漫画家だとは思ってなかった、ってのはありますね、なんせ天顕祭(2006~)しか読んだことがなかったもので。
ガンダムじゃないけれど、若い子たちが心も体もすり減らして家族や故郷のために死にものぐるいになる作劇は、敗色濃厚な1次移民側の物語なだけに、あまりに涙ぐましく、痛々しくて、読んでて辛くなってくるんですよ、無理に無理を重ねているというのに希望が見えてこないから。
もうね、私ぐらいの年齢になってくると、なにもかも俎上にさらけだすかのようなやりきれない悲劇は読みたくないんです。
さんざんクソな出来事や、どうにもならないことに失意を重ねてきたからフィクションでまでしんどい思いをしたくない。
なのにページをめくる手が止まらない。
キャラ立てが秀逸だった、というのもあるでしょうね。
主人公のけなげさを初めとして、その同僚やアルメア軍曹等、それぞれにそれぞれの主張や哲学があって、それが作戦や戦果にどのような影響をおよぼすのか、どうにも気になって仕方がなくて。
よくぞここまで見事に描き分けたな、と感心するほどに群像劇としての基礎体力も高くてね。
そしてなにより強烈だったのは「子宮に碧王星の原生生物(テレポートで移動する生き物)の胎児を宿すことで、人の瞬間移動が可能になる」というアイディア。
もうSFに新しさを求めるのは無理なのかもな、と最近思っていただけに腰抜かしましたね。
よくまあこんな発想が生まれたことよな、と。
妊娠可能な若い女性が、中絶前提で(種が違うんで、子宮内で育成は出来ても、産むことはできない)大きなお腹をかかえて転送隊を名乗り、兵士を最前線へとゲリラ的に送り込む任務を負うんですよ。
軍服に身を包んだ妊婦が愛することも叶わぬ胎児を身に宿したまま、粛々と軍規に従って空間を移動し、敵を殲滅せしめんとする姿には震えが走りましたね。
なんという絵を形にするんだ、この人は、と。
妊婦が戦火をくぐり、最前線に駆け抜けていく漫画(映画でもいい)なんざ、ついぞお目にかかったことはない。
というか、あるわけがない。
なにもかもが仰天で悲愴の一言。
一体この物語の救いはどこにあるんだ?と頭を抱えてしまうほどに倫理観が崩壊してるんですけど、すべての虚飾を剥ぎ取ってしまえばそこにいるのはか弱い普通の女性でしかなかった、というのが実は物語の要であって。
で、そんな普通の女性のなけなしの勇気が、終局間近に驚きの展開でもって戦局に大鉈を振り下ろすんです。
最後の最後に、まだこんな発想を隠し持っていたのか、と作者の想像力、計画性に舌を巻く。
いやもうすごいわ、これは。
文句なし、傑作。
日本SF大賞も納得の大作だと思います。
一部の古いフェミニストたちが眉をしかめそうな気がしなくもないですけど、斬新なアイディアだけに寄りかからず、細部に血の通った物語へと仕上げた底しれぬ力量に感服ですね。
0年代ベストのSFと言っても過言ではないと思います。
IKKIが廃刊になったのにもめげず、最後までちゃんと走り抜けたことにも敬意を表したいですね。
しかし、ここまで化けるか、白井弓子、降参だ。