韓国 2020
監督、脚本 ホン・ウィジョン
副業で非合法な死体処理の仕事を引き受ける貧しい鶏卵業者の男が、反社組織のボスから誘拐した少女を押し付けられ、その扱いに窮する様子を描いた人間ドラマ。
コメディっぽいプロットだなあ、と最初思ったんですけど、想像以上にシリアスで難しい題材に頭から突っ込んでいってる節もあってあんまり気楽には見てられない、というのはありましたね。
深刻になりすぎないように小さな笑いや、弛緩を誘う場面が織り交ぜられてたりはするんですけどね。
なんせ鶏卵業者の男テイン、幼い妹を抱えながら頼る肉親もいない風でバラック住まい。
しかも口がきけないときた(心因的な問題を抱えているのか、本当に啞なのかは不明)。
おそらくちゃんとした教育を受けてなくて、教えてくれる人も居なかったであろう振る舞いが目につくし、幼い妹なんて髪の毛ザンバラで獣のような暮らしに甘んじてる。
そんな環境に身代金目当てで誘拐されたお嬢様を預けられたところで、当事者でなくともなにをどうすりゃいいのかわからん、って話であって。
そもそもがグレーゾーンの住人ですからね。
貧しさの連鎖から抜け出すことができずに法を犯していることは容易に想像がつく。
巨悪に手を染められるほど豪胆で利口でもないし、ましてや誘拐の片棒をかつぐなんてまっぴらごめんなわけだ。
物語はそんなテインが、お嬢様を預かることによって少しづく変化していく様子を主軸に進んでいきます。
私が興味深かったのは、お嬢様が囚われの身なのにも関わらず、大人以上に大人っぽくテインやその妹の日常をリードしていく描写ですね。
なんかもうお姉ちゃんというより母っぽかったりもするんです。
いびつではあるけれど、常識やマナーを兄妹に諭すことで疑似家族のような趣さえ漂わせてくるんですよ。
どこか是枝監督の映画のようだなあ、と思ったり。
どう考えたってこんなことが続くはずもないのに、ほんの少しの間のふれあいが殺伐とした兄妹の暮らしに暖かな光をあてているように感じさせる描写は、やがて訪れる破綻がわかっているだけにかえって刹那的な物悲しさを感じさせましたね。
兄妹が、こんな境遇からぬけだすために必要なことを、そんなに難しく考えなくてもいいんだよ、と暗に語りかけているようでもあって。
またこの監督、小さな演出がやたら巧いんですよ。
夜の拍手のシーンもそうだし、血痕に花のシーンなんてすげえセンスだな、と舌を巻いた。
気がつきゃぐいぐい物語に引き込まれている自分がいる。
そして迎えたエンディング、考えてた以上にシビアでやるせないです。
なんだかもう、それまでの数週間が幻であったかのように、かつてと変わらぬ日常(いや、悪くなってるかも)が冷徹にもテインに突きつけられる。
ああでも現実はこんなもんだよなあ、いくらお姉さんっぽいとはいえ、まだ子供だもんなあ、仕方ないよなあ、とやるかたない思いを私は抱いたりもしたんですが、だけど、きっと、それを理解できないと多分テインは変われないんだろうな、と考えたり。
非常に見応えのある一作でしたね。
主筋を支えるエピソードも豊かで最後まで前のめりで見れること間違いなし。
貧しさと迫害にさらされた声なき民の心に灯る、小さな良心を照らし出した秀作。
韓国からまたすごい監督がでてきたな、と思いました。