西遊妖猿伝(大唐編、西域編)

<大唐編>
1983年初出 諸星大二郎
潮出版社 全16巻

かの有名な西遊記を作者流にアレンジ、換骨奪胎した冒険活劇。

西遊記を元ネタにした漫画作品は大量にありますけど、リブート作としての独創性は間違いなく本作が史上最高峰でしょうね。

たいていの西遊記ネタを仕込んだ漫画ってね、おなじみのキャラ(孫悟空、沙悟浄、猪八戒)を拝借してバトルファンタジー化してるのがほとんどだと思うんですよ。

いわゆる少年漫画風で、下手すりゃジャンプかよ!みたいな。

大人が唸らされるような西遊記漫画って、私の知る限りはない。

その点本作は「あの西遊記がこうなってしまうのか!?」という驚きと、隋、唐時代の混乱期にある中国の文化、政治、風俗を知るアカデミックな興味深さが同時に存在していて、目を丸くすることは確実。

誰が史実に忠実に西遊記を再現してみようと思うのか、という話ですよ。

おそらく原典であってすらここまで時代性を加味してないと思う。

この頃の中国なら、きっと三蔵法師はこういう扱いだろうし、孫悟空は花果山で塩漬けになってたりしないだろう、ってところから発想が膨らんでいってるんで、序盤なんてほんと何を読まされてるのかさっぱりわからない。

まず、三蔵法師と悟空が出会わないし、当然悟空は三蔵の念仏で頭の金環が締め付けられたりもしない。

そもそも猿の化け物ですらないですからね、悟空。

ほとんど役柄だけ(三蔵=坊主、悟空=暴れん坊)を拝借した状態で、物語はなんの後ろ盾もない個人が乱れた世の中をどう生き抜いていくか?に焦点が当てられて進行していきます。

ほぼ歴史漫画の趣、といってもいい。

で、作者が優れてたのは、そんな時代背景をぶっ壊さない程度にオカルトをストーリーへ織り交ぜてきたこと。

さじ加減が絶妙なんですよね。

悟空がお釈迦様と天上界で大戦争となると、ひどく寓話っぽくなっちゃうけど、得体の知れない仙人もどきが使う呪術となると、なんせ昔の中国だしあったかもしれんな、と思えてくる。

そのあたり、もっともらしく見せるのは作者の得意技ですから。

というか、そもそも中国由来の怪しげな呪術とか怪異とか漫画発信で広く世に広めたのは諸星大二郎なんだから、その手管に不備があるはずもない。

痛快娯楽活劇を期待すると「ちっとも話が進まない!」とイライラしてくる人も出てくるかと思いますが、一旦ね、よく知られた通俗的な西遊記を頭の外に放り出してみてください。

よくぞここまで諸星色に改変、オリジナル化したな、と舌を巻くことは間違いない。

唯一の懸念材料は、この絵柄でアクションやれるのか?といった点でしょうけど、そこはね、それなりに消化してます。

そりゃ小林まことみたいにはいかないけど、すごく頑張ってると私は思う。

おそらく唯一無二の西遊記でしょうね。

多分、この作品を超える西遊記漫画は先にも後にも存在しないと思う。

じっくり読み込めば、実はきっちりエンタメしてることにも気づくと思います。

名篇といっていいんじゃないでしょうか。

<西域編>
2008年初出
講談社 全6巻

11年の中断を挟んでようやく再開された続編。

まさか続きが読めるなんて、夢にも思ってませんでした。

なんせ大唐編が後期に連載されてたのはコミックトムだからなあ。

コミックトム廃刊後に続編を他誌が受け継いだ作品って、まずないですから(あ、宗像教授伝奇考があったか)。

おそらくマニアしか評価してなくて、広く知られることすらなかったんだろうな、と思ってたんですが、まさかの講談社。

大丈夫なのか?と。

モーニングでこの漫画が成立するのか?といらぬ心配をしていた私ですが、とりあえず無事6巻まで続いてなにより。

誌風による変節を強要された形跡もなく、あの頃の西遊妖猿伝そのままなのがまずは喜ばしいかと。

やってることは大唐編と変わらないんですが、この期に及んでまだ沙悟浄が仲間になってないことに私は驚きましたね。

有名な敵キャラも全部出揃ってないし。

終われるのか?とマジで思う。

一話一話がまた長いんですよ。

刊行スパンが短いとは言えないんで、あらすじ忘れてしまうって話だ。

微妙な変化を挙げるなら、アクションの描写が幾分達者になったように感じられることですが、ここまでのベテランがまだ進化してるってのに私は感心しましたね。

伝奇ミステリ/オカルトを得意とする従来の作者像はいつしか過去のものになるのかもしれません。

そう考えるとすごいな、諸星。

筋運びや物語構成が安定してきたような印象も受けますね。

そこはメジャー誌モーニングのおかげか。

<西域編 火焰山の章>
2013年初出
1~4巻(以降続巻)

やっと火焰山かよ、と思った人は私以外にも大勢居たはず。

もうね、正直に書きますけど、大変失礼ながら寿命との勝負になってきたような気がします。

作者73歳ですしね。

さらに言うなら、70代でストーリー漫画描いてる人って永井豪ぐらいしか居なくて、たいていの漫画家はもう断筆してますから(エッセイ漫画描いてる大御所は数人おられたが)。

多分もう、描けなくなるんだと思うんです。

70代でもやれる、って人が大勢いたなら漫画業界はこんな風になってないと思いますし。

もうね、途切れず連載してるってだけで感謝しなきゃいかん状態にある気がしますね。

クオリティが落ちてないってのがまず奇跡的だと思いますし。

悲観的かもしれませんが、多分三蔵法師一行は天竺にたどり着けないんだろうなあ、とおぼろげに考えたり。

今のペースで物語が進んでいくならね。

尻切れトンボになってしまうぐらいなら、キリの良いところで終わらせる、ないしはギアあげてテンポアップする等の対策を講じるべきなのでは・・・と身勝手に思うことも。

多分、天竺編まで描いて終わらせようと思ったら、短く見積もってもあと10年は必要だと思うんです。

もはや偉業のレベルになってきたようにも思いますね。

続きが発刊されることを祈りつつ。

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